オリハルコン。その名轟く神域の金属。軽さと丈夫さを兼ね備えたものとしてはミスリルも近いものがあるが、オリハルコンは数段上であるらしい。
これで刃物を作れば、錆びない曲がらない刃こぼれすらしない、そして軽いという代物が出来るはずだ。
俺はミスリルの剣を修理したことがある。砕け散った状態だったが、僅かに使い込んだ跡も見て取れた。
つまり、使い込めば普通の金属と比べて緩やかではあっても、ミスリルと言えども摩耗したりするのだが、オリハルコンにはそれがないそうだ。
そこに俺の鍛冶の腕前(チートだけど)が加わるとどうなるか。剣なら恐ろしいものが出来上がるだろう。魔王がこっちに侵攻してくるから勇者に作ってやれ、みたいな話でもないと作る気にならんな。
「なんか特別な能力とかあるのかな。水を呼ぶとか」
「アポイタカラが光るみたいに?」
「まぁ、あれは光るだけで他に目立ったことはないんだけどな」
「そうなの?」
「うん。水でも出ればいいんだろうけど、残念ながらそんなことはないぞ」
「実際出てるところは見たことないわね」
俺が言うと、ディアナは小さくため息をついた。気持ちはよく分かる。というか、水が出たりするなら俺のテンションも一段上のものになっていただろう。
アンネも話に乗っかってくる。
「オリハルコンは雷を呼ぶとか聞いたわよ」
「どこで」
「うちに来た吟遊詩人が語ってた」
「なるほど」
アンネのうち――つまり帝国の宮殿である。そこに呼ばれた吟遊詩人の話であるからには、それなりの話と受け取っていいのだろうか。
この世界では神様が実在するので、例え荒唐無稽と思っても、実際に起きる場合もあるのだ。そもそも俺のチート自体荒唐無稽にもほどがある話なのだから。
とはいえ基本的には物語を語る人々なわけで、気楽そうなアンネの表情からしても、あまり真に受けないほうが良さそうだ。
「うちに伝わる話だと地揺れを起こせるらしいですよ」
「そうなるともう武器の性能云々は関係なくなるな……」
「ですよね。それくらいのインパクトがあるってことで良いと思います」
ドワーフのリケの家ではそのように伝わっているらしい。こちらも貴族などではないものの、ドワーフという大変に伝統があり、かつ鍛冶には詳しいお家に伝わっている話だ。
頭から切って捨てるのは憚られるが、リケの言うとおりでおそらくは比喩表現的に言っていたものがいつしかそのものを指すようになったのだろう。「空を飛ぶように速い」と言っていたものが、いつしか「空を飛ぶ」と言われてしまうかのように。
カミロが口ひげを弄りながら言った。
「俺も何か凄いことが出来るとは聞いてないな」
「しかし、他に能力がないと言っても、こんな貴重な物を帝国に渡してしまっていいのか?」
「あー」
カミロは頬を掻いた。
「実はそのオリハルコンの出どころは帝国なんだよ」
俺は自分の片眉が上がるのを自覚した。アンネもソワソワしはじめる。
「だからモノとしては帝国のものが帝国に戻るだけだ」
「よく信用したな」
おそらくは極秘裏に持ち込まれたであろうオリハルコンである。もし王国側が知らぬ存ぜぬを決め込んでしまえば、帝国はオリハルコンを取られておしまいだ。
「そこが帝国の度量……というよりはちょっとした誇示だな」
俺が頭の上に疑問符を浮かべると、カミロは再び口ひげをいじりながら言った。
「仮にこれくらいの量を奪われたとしても平気だ、というアピールさ」
「帝国にはもっとある、と」
チラッとアンネのほうを見たが、首を傾げたので正確な所蔵量は極秘中の極秘のようである。
こういうところで国力をそれとなく――いや、この場合は結構露骨か、とにかく見せておくのが後々外交で有効になったりするんだろうな。オリハルコンの融通をチラつかせたときに信憑性が増すとか。
「で、どうする?」
グッと腕を組み直したカミロが俺に尋ねた。俺の頭には今日何回目になるか分からない疑問符が浮かんでいる。
「なにが?」
カミロはハーッと大きめのため息をついた。
「受けるか?」
「オリハルコンのナイフをか?」
今度はカミロは頷いた。俺はニヤリと笑った。少し悪い顔になっているな、と自覚する。
「受けないって選択肢があると思うか?」
ドッと商談室に笑い声が満ちる。さてさて、コイツはちょっと気合いを入れないといけないな。