「お前んとこのナイフの偽物についてだ」
カミロから出たのは、この部屋にいる誰もが予想していた言葉だったが、それでも少し息を呑む。
俺は呑んだ息を吐いてため息をついた。
「で、どんな尻尾を掴んだんだ?」
俺が言うと、今度はカミロがため息をつく。一瞬の逡巡。このあたりは俺があまり商人らしくないなと思っているところで、信用している点でもある。
「まだ全容は掴めていないんだがな」
カミロは口を開いた。
「出元はわかった。公爵派の貴族お抱えの鍛冶屋だ。元になるナイフは簡単に入手できるから、形を真似するのは難しくなかっただろうな」
「よく辿れたな」
「上手く隠していたが、こっちは商人だぞ。隠し通せるもんかい……と言いたいが、最終的にバレるのは織り込んでいた気配がある」
それに反応したのはアンネだった。
「……相当な下っ端に任せた?」
「さすが。ご明察」
カミロは小さく笑って茶をすする。
「普段は都にいないヤツで、ディアナさんに聞いても覚えがあるかどうか、ってくらいの男爵だ」
そう言ってカミロは人名をディアナに告げた。言われたディアナは首を横に振る。
「覚えてないわ」
「でしょうな。特に目立った何かがある家でもないので、知らなくても不思議はない」
「ふむ」
アンネがおとがいに手を当てた。
「そこまでは余裕で追えたとして……その先ですか」
「ええ」
アンネの言葉にカミロが頷いた。
「どう見ても単独で都に流せるはずがない」
「ディアナが覚えてないくらいだからな」
カミロは今度は俺の言葉に頷く。
都というのは王国内で一番人が多く集まる場所である。逆に言えばそれだけ利権が絡み合うところであるとも言えよう。
そんなところへ無名の、いわば特に利権を持たない貴族が品物を流せるかと言うと、これは厳しいと言わざるを得ないだろう。
都にナイフを流すにも既に色々なところが販売していて、カミロも侯爵や伯爵――マリウスのことだ――が後押ししなければ販路を確保できなかったはずだ。
で、あれば男爵氏もなんらか後ろ盾でもなければ都に品物を持ってくることから難しい。都の中に入れてしまえば後はどうとでもなるが、それまでの壁が高い。
「であれば、誰が後ろにいそうかってのはすぐ分かるってこった」
「公爵か」
再び頷くカミロ。
「一番上はそうだろうな。だが、公爵派ということが分かっていて、私が手を貸しましたと、そんな分かりやすいような真似をするはずがない」
「そりゃそうだ」
「少なくとも追求したところで知らぬ存ぜぬか、『他のものの販売だと思った』あたりで通すだろうな」
偽物の流通に手を貸したなんてことがバレたら、そこそこ大きな失点だ。公爵という身分と立場は維持できたとしても、動きが大きく制限されることは間違いない。
それは貴族としては避けるべきところなのは俺でもわかる。そんなヘマをしないからこそ派閥の長を維持していられるのだろうし。
「じゃ、トカゲの尻尾を切らせて終わるか?」
俺はカミロに言った。ともあれ偽物のナイフを市場から追い出せれば、当面は問題ないはずだ。いずれ向こうも次の手を打ってくるだろうが、それまでの時間は稼げる。
今も俺たちには小さなダメージが入り続けているからな。そこから片付けるのは選択として間違いではない。
だが、カミロの口からは思ったのとは違う言葉が出た。
「それでも良いが、それじゃ向こうへのダメージが少なすぎる」
「じゃ、どうするんだ?」
聞くとカミロはニヤリと笑った。あまり良くない笑いだ。
「実はな、今度帝国からの使者が王国にいらっしゃることになっている」
ガタリとアンネが音を立てた。見ると腰がかなり浮いている。アンネは顔を少し赤くして再び椅子に座った。
「ゴホン、それは遅ればせながら革命騒ぎも完全に落ち着いたので、迷惑がかかっていないかの確認という名目でな」
「ふむ」
「そこで使者には王国から土産を持たせる段取りが進んでいる。侯爵閣下がねじ込んだそうだ」
カミロはそこで一旦間を置いた。言いにくいことなのだろうか。
「“猫印のナイフ”、それも普通の素材でないものを持たせたい、とのことだよ」
「ん?」
“猫印のナイフ”とはつまり、うちの工房のものだ。それを帝国の使者に持たせる?
「折角遠路はるばるいらしたのだし、王国の巷で話題のものを、特別な素材で作らせたのでお持ちください、ってわけだ」
「でも、ナイフ自体は帝国にも持ち込んでるんだろ?」
そう、帝国では皇帝陛下直々の力添えで販路があるはずなのだ。
「まぁね。そこは織り込み済みだよ。王国としてはうちで作られているものだぞというアピールをする」
言ってカミロは似合わないウインクをする。俺は目で先を促した。
「で、帝国の使者が言うわけだ。『これは最近帝国でも話題になっております。手に入りにくいゆえ、こちらに来てから1本買い求めました』」
「『ややこれは偽物ではありませぬか』」
少し芝居がかったカミロの言葉に続けたのはアンネだ。
「それでひとまず土産として持たせるのは本物として、今アピールしたのに偽物を使者に掴ませてしまっているのは王国としてのメンツが立たない、偽物を作っている不届き者を探し出せ! 帝国にも流れているやも知れん! と侯爵閣下がエラい剣幕で怒る。するとどうなる?」
「侯爵にそれを言われたら、王国としてもそれなりに動かざるを得ないだろうな」
俺はおとがいに手を当てる。カミロは少しおかしそうに笑った。
「だろ? まぁ、それで公爵まで辿り着けないとしても、その手前まで……は欲張りすぎかも知れないが、ある程度は追いかけていけるはずだ」
「いざとなれば行動に移すし、徹底的にやるぞと圧力をかけるわけか」
「そういうこと」
真っ直ぐに俺を見るカミロ。俺は苦笑した。
「で、それを作れってことだな」
「そういうこと」
そう言ってカミロは申し訳なさそうな、面白がっているような複雑な笑顔を浮かべるのだった。