商談室の扉を開けて入ってきたのは番頭さんとカミロだ。いつもの2人と言っても良いかもしれない。番頭さんは手に布にくるまれた何かを持っている。
「なんだか随分久しぶりな気がするな」
「そりゃ1月あまり来てないからなぁ」
カミロの言葉に俺は肩をすくめた。間が空いても半月に1回は来ていたから、間が倍になれば長く感じるのは道理ではある……か? まぁ、あるとしよう。
「持ってきたのはいつものとおりでいいんだな?」
「ああ。量は期間に合わせてる」
俺は今度は頷いた。おおよそ普段の3倍の数を持ってきただけで、納品する物自体は変わらない。なにか変わったものを持ってきても良かったかもだが、それはまた今度だな。
「じゃ、次はこれだ」
カミロがそう言うと、番頭さんが布にくるまれたものをテーブルに置いた。2つあって片方はそこそこの大きさ、もう片方は小さい。
俺はその包みを解いた。大きい方は包丁が3本、小さい方は小ぶりのナイフ……というよりは小刀である。
包丁の方を確認してみる。丁寧に手入れがしてあって、パッと見には特に問題無いように思えるが、チートが歪みや刃が鈍っている部分があることを教えてくれる。3本のうちの1本は骨か何かを叩き割るように使ったのか、波打つように歪みが出ていた。
多分、これがサンドロのおやっさんのだろう。刃先の方に傷みが集中しているのがボリスので、中間ぽいのがマーティンかな。何となく性格的にそうっぽい、というだけだが。
「確かに預かっておく」
俺は包丁をくるみなおした。これらは戻ってからじっくり直してやろう。
さて、問題はもう1つのほうだ。
「こっちが?」
俺がカミロを伺うと、カミロは重々しく頷いた。こっちがカレンの作ったものだということである。
そっと小刀を手に取る。キラリ、と室内に差し込む光を刀身が反射して煌めいた。丁寧に磨いた証拠だ。電気で回転させるバフなどは勿論ないので、結構な手間がかかったはずである。
俺は刀身に光を映して動かすが、光がグニャリと歪むことは無い。つまり、その刀身が歪んでいないということだ。
刃に親指を当てて、具合を確認してみたが、特に文句をつけるようなところは無さそうだ。
魔力の篭めかたについては勿論全然であるが、総じてクオリティは高いように見えた。
俺はその小刀を隣でソワソワしているリケに差し出す。
「ちょっと見てみてくれ」
「はい!」
リケは恭しく受け取ると、すぐにためつすがめつ、小刀を検分しはじめる。とりあえずは俺の意見を聞かない状態で、リケには判断して貰おう。
俺がしたのと同じようにリケは小刀をチェックした。他の家族はその様子を興味深そうに見ている。
やがて、リケはくるんでいた布の上に小刀をそっと置いた。そして、ほうと小さくため息をつく。なんとなし、俺たちはゴクリと唾を飲み込んだ。
「これは良いものですね」
そう言ってリケはニッコリと笑った。カレンとうちの家族――というよりは俺――の間にちょっとしたすれ違いはあったが、別に憎んでいるわけではない。
むしろ知っている人間が良いものを作ってきたことに喜ばしい気持ちを覚えているのだろう。
そして、それは俺も同じだ。
「うん。基本的にできはとても良いと思う。まぁもう2~3詰められそうなところもあるが……」
ほんの僅かバランスが悪かったり、一部刃付けが均一になりきっていないところがあったりだ。
まぁそれも俺はチートで分かっただけで、普通に使う分には何一つ困ることはないだろう。
俺がそう説明すると、リケも特に異議はなかったので、その旨カレンに伝えてもらうようカミロに言った。
「それでカレンのほうで判断してもらってくれ」
正式にうちに来るか、もう少し都で頑張るか。俺が「よし、この腕なら良かろう」としても良いのだけれど、まずは自主的にどうしたいのか確認しておきたい。
「わかった」
カミロは今日一番深く頷いた。そして、顔を上げる。
「で、ここからが本題なんだが……」
来たか。俺はそう思った。ここまで不自然なくらい触れてこなかった話題だ。このまま帰そうとするなら、俺のほうから切り出そうかと思っていたくらいである。
俺は次にカミロからどんな言葉が出てくるのか、椅子に深く座り直して身構えるのだった。