外はすっかり春の風が吹いていたが、店の中――と言っても前の世界風に言えばここはバックヤードだが――は前に来たときと変わらずである。
階段を上りながら、俺はすぐ後ろをついてきていたサーミャに言った。
「そういや、ここももうそろ1年か」
「ん? あぁー、そうだな。エイゾウが来て、自由市で売るようになってからちょっと経った頃だ」
「だよな」
そんな話をしながら商談室の扉を開ける。忙しいのか、今日はまだカミロの姿は無い。
カミロがいないのは珍しいことではない。俺たちがここへ来る時期や時間は概ね分かるとはいっても、正確な時計に基づいて何月何日の何時にアポをとっているわけではないからな。
なので、こうやって待ちの時間が発生することも良くあり、その間俺たちは身内で話をして時間を潰すわけだ。
「なるほど、エイゾウがこっちにきて1年くらいってことね」
「そうなるな」
さっき階段のところでサーミャと少し話したことにアンネが興味を示したのだ。そこでこっちに来てから(もちろん異世界から転生してきたことは伏せている)カミロの店に品物を卸すことになった経緯を軽く話した。
色々調べがついているものだと思っていたが、この辺りのことはほとんど掴めていなかったらしい。
皆もわざわざその辺について話さないし、聞かなかったので確認できずじまいだったようだ。
「それじゃ、お祝いが必要かしらね」
「うーん、この店のはともかく、うちはどうかな」
目を輝かせるアンネに苦笑する俺。40を越えてからと言うもの、身近な周年イベントについてはスマホで遊ぶゲームのイベントくらいしか意識したことがない。あの大抵10連が無料になって石がもらえるやつだ。
会社の記念イベントは勿論、自分の誕生日もろくに覚えてないくらいなので、こっちにきて1年だから記念のお祝いをしよう、と言われてもピンと来ないのが正直なところだ。
この店については友人の店だし、取引先でお互い持ちつ持たれつの義理もあるし、祝うのもいいなと思いはじめているが。
「いやいや、そこは必要ですよ!」
少し大きな声を出してそう主張したのはリケだ。少し身を乗り出している。リケの隣に座っているリディはリケの様子と対照的に静かに、だがしっかりと頷いている。
「無理にとは言わないけど、あの家も同じくらいなんでしょう? だったらやったほうが良いと思うわ」
ディアナが言った。今度はヘレンがうんうんと力強く頷いている。
「家も随分と様変わりしたし、区切りでもあるしここらで感謝をしておくのはありか」
「そうですよ!」
リケが目を輝かせた。普段ならもう少し落ち着いているのだが、今日は妙にテンションが高めだな。
「うーん、じゃあやるか」
俺がそういうと、リケとリディが手を取り合って小さくはしゃいだ。リケから見て親方の記念日、となれば強く推してくるのは容易に想像がついて然るべきか。
それに……。
「ちょっといい酒をカミロに頼んでおこうかな」
リケの場合はこの辺りも目的の1つだろう。彼女の目の輝きが一層増したのがそれを物語っている。
「ま、でもうちのはチョイとお預けだな」
俺がそう続けると、皆頷く。皆も俺も脳裏には同じ顔が浮かんでいるはずだ。お祝いはあの子が帰ってきてから、おかえりのお祝いと一緒にしてあげたい。
人懐っこさの塊のようでありつつ人形のように整ったその顔が、俺の脳裏で満面の笑みを浮かべたところで、ガチャリと商談室の扉が開いた。