街の入り口ではいつもの通りに衛兵さんが街道を行く人々の中に怪しい者がいないか、目を光らせていた。顔見知りの人だ。
険しい顔をしていた彼が、少し顔をほころばせる。少し離れたところから大きめの声で声をかけてきた。
「おお、あんたら」
「どうも」
俺は片手を挙げて衛兵さんに挨拶をする。他の皆も軽く頭を下げた。
「長く見なかったな」
「雪とかありましたからねぇ」
“黒の森”で軽く積もるほど降ったのだ、ここらも降ったはずである。
うまいこと全ての雪雲がこの街を避けた可能性もあるが、他のどこかでは降ったはずで、その話は衛兵であれば耳にしているに違いない。俺が雪の話をしても特に違和感はないだろう。
俺の思ったとおり、衛兵さんは頷いた。
「ああ、あれは少し驚いたな」
「だから少し暖かくなるまで待ってたんです」
「なるほど、気をつけてな」
「ええ、ありがとうございます」
俺が会釈をすると、衛兵さんはヒラヒラと手を振って、再び険しい顔を街道に向けた。
いつもなら人が多いと言ってもそこまででは無い時間帯のはずだが、今日はピーク時に負けず劣らず(ピークはまだ自由市に行っていた頃に知った)の人出で、目抜き通りはあちこち色んな人でごった返している。
「今日はまた人が多いな」
「春だからなぁ」
辺りに目をやりながらヘレンが言った。そう言えばヘレンはこの辺りを知っててもおかしくないか。
「そろそろ山を越えられる時期だし、商人達が準備を始めてるんだよ」
「なるほど」
俺――とヘレン以外の家族も――がキョロキョロと見回してみると、確かにそれっぽい感じの人が多い。同じ商人、と言っても扱ってるものが違うのだろう、背嚢や馬に積んでいる荷物の大きさは千差万別だ。
ルーシーもキョロキョロしているが、あの子の場合は単に人が多いのが珍しいだけだな。顔つきには精悍さも出てきたが、まだまだあどけなさが抜けない、可愛らしい顔をしている、と親としては思っている。
実際、いつものように一瞬ギョッとした人の中にも、にこやかにルーシーを見やる人が結構いる。いつもの露天のオッさんも、一瞬驚いた顔をしたが、それより短い時間で相好を崩していた。
あちこち行き交う人々の間を、今日はいつもより重い荷物を牽いているにも関わらず、クルルは器用に抜けていく。
その背中ではハヤテがキリッとした顔で周囲を見回していた。多分、あれも警戒してくれているんだろうな。
走竜も小竜もこの世界ではある程度の数がいて、この街は人の行き来も多い(“黒の森”を避けて通るならほぼ確実に経由するからだ)ので、見かける機会はそれなりにあるはずだが、珍しい存在でもある。
なので、走竜と小竜、2匹もドラゴンがいる光景にそれはそれで驚く者が少なくない。そんな視線を感じてか、2人とも心もち胸を張り、俺たちはその様子を微笑ましく見守った。
春になって変わったこと、その最後はやはりここだった。カミロの店の裏庭、そこにはチラホラと花が咲いている。
荷車は倉庫に入れて、家族とともに身軽になったクルル、そしてルーシーとハヤテをここに連れてきている。
「こんにちは!」
俺たちの姿を見て、丁稚さんがパタパタと走ってきた。この子も顔つきに男らしさが出てきたような……いや、男子三日会わざれば刮目して見よとは言え、さすがにそれは言い過ぎか。
しかし、少しガッチリしたような感じは受けるなぁ。
「こんにちは。元気そうでなにより。少し大きくなったか?」
俺は思わず完全に親戚のオジさんみたいな事を言ってしまう。まぁ、似たようなもんと言えば似たようなもんか。
丁稚さんは少しはにかんで、
「え? そうですか?」
と笑う。俺は頷いた。
「うん、少し見ない間に大きくなるもんだなぁ」
「えへへ」
俺はクシャリと丁稚さんの頭を撫でる。丁稚さんは少しくすぐったそうにしたあと、うちの娘達を呼んだ。
「それじゃ、よろしくな」
「ええ、お任せください!」
丁稚さんに娘達を任せ、俺たちはカミロの店へと入った。