木々が花の芽をつけ、それがほころびつつある日、俺たちは準備を進めていた。
俺は荷台に沢山のナイフ(樽に入っている)を積みながら空を仰ぐ。
「街道はどうだろうな」
「まだ青々とはいかないだろうな」
その隣に同じくナイフの入った樽を置きながらサーミャが言った。普段なら1樽で済むが今日は2つだ。
「夏になったらうんざりするほど青々と長くなるけど、今はちょっと時期が早い。そんなに伸びるの早くないし」
「そういえばそうだった」
そうか、俺がここに来て1年が過ぎようとしているのか。もう何年もここにいるような錯覚すら覚えるな。
「夏が来るくらいまではずっと向こうまで見えてたな」
「そうだろ?」
「うん」
街道の向こうに緑の絨毯を敷いたような草原が広がっている光景は今もハッキリと覚えている。
俺がこっちの世界に来て、はじめて見た広大な風景。この“黒の森”に来たときよりも、あの時が一番違う世界であることを意識したかも知れない。
もちろん、元の世界では見たことがないような動物がいたり、サーミャと出会ったりした段階で違う世界に来たことを意識したものだ。
しかし、改めてそれを意識しつつ、「戻れないのだな」と思い、なんとなしに割り切った気分になったのはあの時だったような気がする。
「俺にとってはこっちに来て最初か。ちょっと楽しみだな」
俺が言うと、サーミャは何も言わず、ただ笑顔で返してくれた。
どんどんと荷台に荷物が積み上がっていく。さすがに6週間分の納品物となると量もなかなかになるな。まるで一家で夜逃げ……いや、昼逃げでもするかのようだ。
定番のタンスが積まれていないのが惜しいと思ってしまうくらいには。どっかのタイミングで作ってみようかなあ。
今のところ不便無く過ごせているので、そのあたりの品はどうしても後回しになりがちだ。
「うーん、クルルが牽けるかしら」
「クルルルル!」
心配を口からもらすディアナに対して、これからこの荷車を牽いて街まで行く当の本人は「何が問題なのか」とでも言いたげに高らかに鳴く。俺はその首筋を撫でてやりながらディアナに言った。
「本人も任せろと言ってるぞ」
「そうみたいね」
ディアナは苦笑した。
「まぁ、本人がいいなら問題ないわね」
「とは言え、かなり量が多いのは確かだから、いざという時は俺たちで分担して運ぶぞ」
「それは勿論」
パチンとウインクを寄越すディアナ。どこで磨きをかけたのかサマになっている。俺はそれに苦笑を返すと、荷台に乗り込んだ。
ぴょいとルーシーが荷台に飛び乗ったら出発時刻だ。既に自分で飛び乗るのが恒例になった。最初の頃は抱っこしてやらないといけないくらいだったのにな。
ハヤテはとっくにクルルの背中でのんびりと羽繕いのようなことをしていた。
リケが手綱でクルルに合図を送る。いつもならスッと進むのだが、今日はジリジリと進んでいく。
これでスピードが上がっていけば良し、そうでなければ一旦止まって荷物を下ろすことになる。
どっちだろう、と思っていると荷車は少しずつ速度を上げる。
「おお、凄いなクルル」
「見かけには分かりにくいけど、クルルも成長してるのね」
俺たちがそう囃すと、荷車の速度はさらに上がる。子供のような面を見せることがあるなと思っていたが、肉体的にもまだ伸びる余地があったのだな。
そんな我が子の成長を風として感じながら、街道の様子はどうだろうかとまだ見ぬ景色に俺は思いを馳せるのだった。