そして、2週間ほどが過ぎた。寒さはまだ残っているがかなり緩んでいて、春の到来が近いことを肌に教えてくれる日々が続いている。
2週間の間にもう1度、森を見回りに行ってきたが2、3歩も森に入れば獣に襲われると言わんばかりの世間の風評とは正反対に平和なものだった。
まぁ、“森の主”が折り紙に太鼓判を捺した「最強戦力」だ。そうそう襲おうと思うようなのがいない、ということなのだろう。
世間の風評も、それとは異なって滅多なことでは獣たちに襲われることがないのも俺達にとっては有利な状態なので、払拭しようとは思わない。
まかり間違って「大したことがない」って話が流れ、大規模入植、なんてことになってもなぁ。その辺りの懸念は「いや、本当に普通の強さだとヤバい」とサーミャが自信をもって請け合ってくれた。
“黒の森”の獣人達が子供の間家族と暮らすのは「普通の強さ」を超えるまでは、ということなのだそうだ。
多分、なんか独り立ちの儀式みたいなのもあるんだろうなぁ。またいずれ聞かせてもらいたいところだ。
見回っていると鹿や狼に猪たちの姿が目立った。いよいよもって春が来るのだなと感じられる。そこからしばらくすると子供が生まれたりもするだろう。
自然の営みとして生命のやりとりがあるのはいたしかたないとして、それ以外では皆すくすくと順調に育って欲しいものだ。そうでなかったからルーシーはうちに来たわけだけど、彼女のような子は少ないに越したことはない。
ちなみに狸には会わなかった。ちょこちょこ来てはそのたびに薬草を置いていってくれているので遠くまでは行ってなさそうだが、姿を現さなかった。
どういう理由からかは知る由もない。単純に広い森ですれ違っているだけの可能性が一番高いけど。
その間、偽物についての情報がカミロから来ることはなかった。一度、都の状況というか、サンドロのおやっさんとこから包丁の研ぎの依頼が来たことと、それと同時にカレンさんの習作が届いたことが記された“新聞”が届いたが、そこに偽物の情報は含まれていなかった。
「何もなかったの?」
「そうだな、一言も書いてない」
新聞越しに聞いてきたアンネに、俺は新聞を少し下げて答えた。都から届いた品は次の納品の時に対応でいいとは書いてあるが、その他にはない。
アンネが顎に手をやって言った。
「情報を何も掴めなかった?」
「うーん」
俺は天井を仰ぎ見る。
「カミロが本当に何も掴めていないなら『何も情報が得られていない』と一言添えるくらいのことはするだろうな」
さすが商売人と言うべきか、意外と細やかな配慮ができる男なのだ。話を振っておきながら、その後のフォローをしないということは考えにくい。せめてもと進捗くらいは教えてくれるはずなのだ。
アンネは顎に当てた手に鼻を埋めるように俯いた。
「なのに何も書いてない。つまり……」
「大なり小なり何かを掴んだが、伝えるべきかどうか迷ってるんだろうな」
ここで適当に嘘をつく、ということが出来ないのが商売人として良いのか悪いのか。少なくとも俺はそんなところを好ましく思っているが。
いや、下手に嘘をついて不興を買うよりは、との判断かも知れないな。
「ともあれ問い詰めるにせよ、一切任せるにせよ、納品の時だな」
俺がそう言うと、アンネは頷いた。さてさて、鬼が出るか蛇が出るか。厄介事の尻尾はどんな形をしていることやら。