家に戻ると、ほとんど皆起きてきていた。普段どおりなら俺は水を汲みに行っている時間だ。帰ってきたら皆が顔を洗ったりしていて、いつ頃起きてきているのかはよく知らなかったが、結構早くには起きているらしい。
”ほとんど”と言ったのは、1人起きてきていないからである。アンネだ。
「扉に閂をかけられるとは言え、ある意味敵地のど真ん中で寝ているのにこの余裕は、お姫様なのにと言うべきか、それともお姫様だからと言うべきか、どっちだろうな」
「アンネさん個人の性格だと思うわよ。お姫様なのは第七皇女だとそこまでは意識しないんじゃないかしら。兄さんが三男で街の衛兵隊に回されたみたいに」
「そう言えばなんで下っ端の衛兵になってたんだ? 隊長とかでなく」
「お父様曰く”ゆくゆくは代官として街に赴任し、兄の執政を助けよ。そのために街の様子を隅々まで知るのだ。隊長では表に出ないことも多かろう。一介の兵として赴け”だそうよ」
「なるほどね」
マリウスが街の入口で立ち番をしている姿が思い起こされるが、実際には街中や街道の巡視も行っている。用事がないので立ち寄ったことはないが、少々危ない地域も回ったりしていたことだろう。
そういうところを知った方がいいのかどうかは、前の世界も含めて執政に関わったことのない俺にはなんとも判断しにくいところではあるが、少なくともマリウスの親父さん(つまりはディアナの親父さんでもあるが)は有効だと考えたのだ。
「もし親父さんの思い通りにことが運んだとして、代官の人はどうするつもりだったんだ?」
「お父様と一緒に引退だと思うわよ。隠居先も見繕ってたみたい。でも、あんな事になって後任が見つかるまでは今のままじゃないかしらね」
あんな事、というのはマリウスが今の立場になり、ディアナがうちに来るきっかけになった事件のことだ。サーミャとリケはともかく、他の2人はよく知らない話だし詳しくは伏せておくが。
とりあえずアンネは寝かせておいて、朝の準備を始めることにしようと決め、各々自分の準備に取り掛かった。
アンネが起きてきたのは、朝飯の準備も半ばになり、そろそろ起こさねばならんかと思い始めた頃である。
「みなひゃん……おふぁよぅござひましゅ……」
フラフラと客室からアンネが出てきた。元々ボサボサとした感じの髪の毛だが、寝癖でより一層ボサボサしている。タレ目も眠気なのかタレ目なのかよく分からない状況になっていた。
「おはようございます。そこのたらいに水を貯めてありますので、洗顔などはそこでお願いしますね。洗濯物があったら出しておいてください」
「ふぁい……ありがとうございまひゅ……」
アンネはたらいの側にひざまずくと、土下座するような勢いで顔を突っ込んだ。それを見て全員がぎょっとする。数秒経って、アンネは顔を起こした。
「ぷぁっ!ひゃーっ!目が覚めますね!」
ついさっきとは打って変わってハッキリした声と目つきになるアンネ。再び全員が驚いた顔になった。俺は前の世界で若干の覚えがあるタイプの人間ではあるが、こっちの世界だと相当珍しいだろう。これも帝室育ちの影響だろうかね。
俺はリケにタオルを渡してやるように言うと、朝食の準備の続きに取り掛かった。