アンネ――アンネマリーは帝国の第七皇女であると名乗り、その後再び着席した。俺を守るように前に出ていた3人も同じように再び座る。思ったより驚いていないように見えるが、驚きすぎて実感がないのかもな。
しかし、第七皇女となると皇位継承順位は相当に低いだろう。皇女だけでも上に6人いるのだ。皇子を加えれば更に増えるだろう。まさか皇女しかいないわけではあるまい。
厄介なのは、たとえどれだけ皇位継承順位が低かろうとも、帝国皇帝の直系であることには違いないわけである。変な扱いをすれば何かしらの問題になる可能性は非常に高い。こっちはただの鍛冶屋だ。無礼討ちの場合はする方でなく、される方である。
一方で、帝国としてはかなりの高待遇をしているとも言える。間者か、身分が必要でも傍系の誰かを送れば済む場面で、わざわざ直系を送ってきた。ということはつまり、
「人質だろうなぁ……」
俺はため息をつきながら呟いた。第七皇女という、直系といえども万が一いなくなったところでめちゃくちゃ困るわけではない人物となれば、人質として派遣するのは悪い手ではない。
向こうから人質を送ってくるというのも一見おかしな話には思えるが、前の世界、日本の戦国時代にもあった話ではある。その場合は通常、同盟やら臣従やらの証としてだが。今回この場合は前者のつもりなんだろうなぁ。
アンネは俺の言葉を聞いて、ニコニコしている。おっとりしているように見えて、冷静に自分の立場を理解しているらしい。一番厄介なタイプだな。
ただ、これらは全てアンネの言っていることが真実であればではある。俺はちらっとサーミャの方を見たが、彼女は小さく首を縦に振った。彼女は嘘を感知できなかったということだ。全く動揺することなしに嘘をつかれていたら分からないが。
俺はもう一度、今度はさっきよりも更に深いため息をついた。
「まぁ、貴女と帝国が我々に危害を加える気がない、というのは理解しました」
「ありがとうございます」
アンネはペコリとお辞儀をする。
「ああ、1つだけ確認をさせてください」
「なんでしょう?」
「”我々”にはもちろんヘレンも含まれますね?」
アンネのタレ目がスウっと細められた。笑っているようにも見えなくもないが、笑っているとしても獲物を見つけた獣のそれだ。
ヘレンはというと、俺の顔をじっと見ている。少しの間、口をパクパクさせていたが、そこから言葉が出てくることはなかった。
場に沈黙が訪れた。魔法が火床や炉に風を送って炎が舞い上がり、炭が爆ぜる音が鍛冶場に響く。誰かがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。
「……ええ、もちろん。彼女を害した場合、貴方は帝国に大きな敵愾心を持つでしょう?それは避けなければいけないと判断しています。積極的に王国側というわけでもないようですし、わざわざ敵に回すような真似をするべきではありません」
ややあってからのアンネの言葉に、俺とヘレンは同時にため息をついた。これでヘレンの懸念材料が無くなったな。街へ出るたびにカツラを被る必要もない。
「さて、じゃあ面倒くさい話は一旦ここまでにしておいて、私は貴女の武器を作る、でいいんですかね」
アンネが面食らった顔をしている。実際、やらねばならない話は終わったんだろうから、さっさと追い返しても良いのだが、今は雨が降ってるし、一応客は客だ。作るものを作り上げて、帰ってもらおう。
「いえ、できれば陛下のものを……」
「うーん、うちのルールとして武器を作ってもらう本人がここに1人で来ること、ってなってるんですがね。つまり、この場合は皇帝陛下自らお出ましいただかないことには」
俺は頭をかきかき言った。こういうルールに特例はあまり作りたくない。カミロから依頼されたミスリルのレイピアは特例ではあったが、あれは新しい素材を扱わせてくれるメリットもあったし、他ならぬカミロの頼みだったからだしなぁ。
「わかりました」
アンネはスッと立ち上がった。用事は済ませたから帰るのかな?と思い、俺も立ち上がると、
「それでは、私の剣をお願いします。両手剣を」
とアンネは頭を下げた。