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依頼主かそれとも

 今日は昨日と比べてマシだとはいえ、雨の日に”黒の森”へ来ようと思う客がいる事実に少し面食らう。

 俺は鍛冶場にある扉の閂を外し、万が一良からぬことを考えた輩だった場合に備えて用心しながら、そっと扉を開けた。


「はい、なんでしょう?」


 お定まりのようなセリフを言ってしまう。こんな日に(こんな日でなくてもだが)こんなところへ来る目的なんて、良からぬことを考えていなければ1つしかないのにな。


「あ、あの、すみません、こ、こちらで武器を作っていただけると聞いて……」


 警戒したのは徒労に終わった。蚊の鳴くような声で、開けた扉の前にいたのは外套を羽織った1人の女性だ。かなりおどおどしている。

 ただ、かなり身長が高い。ヘレンが俺と同じかもう少し高いくらいで、この世界の人間だと結構な高身長であるらしいが、それよりも更に高い。2メートル近くあるんじゃなかろうか。鍛冶場の扉はそこそこ大きいが、頭の先が収まってない。


「雨ですし、とりあえず中へどうぞ。頭、当てないように気をつけてください」


 そう促しつつ、後ろを振り返ると、近くにヘレンが来ていた。いつの間に。この人がおどおどしていたのはヘレンがいたのもあるのかな。

 俺はヘレンの肩をポンと叩くと、リケにタオルを持ってきてくれと頼んだ。


 女性は外套を脱ぎ、その下で背負っていた背嚢はいのうをおろしてから、俺が促した丸太をぶった切っただけの簡易な椅子に座る。背嚢もやたらデカいな。長めの何かが2本入っているようだが、なんだろう。

 そこへリケがタオルを持って戻ってきた。体が大きいことを勘案してか、2枚だ。


「ありがとうございます」


 タオルを受け取って女性は頭を下げる。座っていてもリケよりもほんの少し低いくらいなので、なんだか娘が母親にタオルを渡しているかのようにも見える。それを口に出すと後が怖そうなので口には出さない。

 女性にとって幸いだったのは、火を入れたから鍛冶場の中の気温は上がりつつあるし、空気も乾きつつあることか。いずれ「暑い」になっていくのだが。

 リディがワインをお湯で割ったものを持ってきてくれた。ミント茶だと清涼感があるから、体を温めるならこっちのほうが良いか。

 一通り体を拭き終えた女性からは俺が話を聞きつつ、話の真贋判定にはサーミャ、念の為の護衛としてヘレンが同席することにした。他の皆は予定通りの作業だ。


「ちょっとうるさくなるかも知れませんが、ご容赦を」

「い、いえ、急に押しかけたのは私なので……」


 やたらと恐縮する女性。うちに注文に来る場合、事前の連絡ってほとんど不可能だから、急に来る以外ないんだけどな。カミロのところと伝書鳩か伝書烏、あるいは伝書竜みたいなものでも整備するなら別だろうが。


「こんなところですので、そこはお気になさらず。で、1つだけ確認ですが、ここへはお一人でいらしたんですね?」

「ええ」


 女性は力強く頷いた。サーミャも軽く頷いているから、1人で来たのは間違いないらしい。


「では、大丈夫です。ようこそ、工房へ。私はエイゾウと申します。それで、ご依頼は?」


 俺は努めて朗らかに微笑んだ。……そうしたつもりだ。サーミャが明らかに笑いをこらえ、ヘレンの顔が珍妙に歪んでいるが、気にしない。


「あ、私はアンネと申します」


 出したワインのお湯割りをちょっと飲んで、タレ目な瞳をぱちぱちとしばたたかせながら、アンネは名乗った。ふう、と一息ついて、ごそごそと脇に置いた背嚢から、さっき俺がみた長いものを取り出す。

 それを卓に置いた時、俺の目は見開かれた。ヘレンがものすごい勢いで懐のナイフを抜き放って、アンネに斬りかかろうとする。


「待てヘレン!」


 俺はなんとか叫ぶことができた。ナイフの刃はアンネのギリギリで止まっている。”迅雷”の二つ名は伊達じゃないな。


「ま、ままま待ってください!違うんです!私は……はあなた方に何かをするつもりはありません!」


 立っていたら確実に腰を抜かしていたであろうアンネが、両手を上げて必死に主張する。


 卓の上に置かれていたのは、ヘレンが帝国で失った、俺が打ったショートソードだったのだ。


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