「特に注文はないってことでいいよな?」
「ああ。いつも通りに納めてくれたらいい」
部屋から出るときに一応確認をしておく。カミロは頷いて俺の認識に相違ないことを請け合ってくれた。
「それじゃ、また3週間後に」
「ああ」
俺とカミロは握手をして別れた。
裏庭に行くと、丁稚さんがルーシーと遊んでくれていた。前に許可(と偉そうに言うほどのことでもないが)したので、俺たちに見られても焦ったりはしない。
ルーシーが大きくなってからも、こうやって遊んでくれると良いんだが、魔物かどうか以前に狼だからなぁ……かなりデカくなるよな……。
「いつもウチの子の面倒見てくれて、ありがとうな」
「いえいえ」
丁稚さんにルーシーとクルルの面倒を見てくれた駄賃を渡す。
このやりとりも定例化してきている。そのうち彼が偉くなったら、後続の人間に引き継がれたりするのだろうか。そうなる時まで、ずっと良い取引相手でいたいものだ。
クルルを荷車に繋いで、カミロの店を後にする。街の上には重苦しい雲が覆いかぶさっていて、いつもは賑やかな雰囲気の大通りも、今日は少しばかり陰鬱なように見える。
「一雨くるかな」
俺が空を見上げながら言うと、サーミャが俺と同じように空を見上げて、クンクンと鼻を動かした。それを見たルーシーが真似をして、俺の肩のHPが若干減っている。
「ザーッとは降らないけど、ちょっと降るかも」
「じゃあ、街を出たら急ぎましょうか」
サーミャの見立てでは小雨である。それを聞いたリケがほんの少しクルルの歩みを早める。
俺達は雨の用意をしていないので、降られるとちょっと厄介かも知れないな。雨季が近いのにうっかりしていた。
街を急ぎ足で出ると、街道をいつもよりもスピードを出して進む。クルルはと言うと、「クルルー」と嬉しそうに鳴いて駆け出したから、問題なければ今後このスピードでも良いかも知れない。
途中で俺達と同じように急いでいる馬車とすれ違った。こちらのスピードに驚いてはいたが、やはり他の人たちと同じく、牽いているのが走竜だと分かるとなんとなしに納得した顔になるのが見ていて少し面白い。
うちのクルルが優秀なのは確かなのだが。
「そう言えば、なんで雨季があるんだろうな」
「ああ、それはですね」
俺の疑問にはリディが答えてくれた。
この世界では、太陽の神と月の女神以外にも、こちらもやはり実在するかどうかは分からないが、大地の女神と雲の女神もいるらしい。太陽の神のご家庭は一夫多妻らしく、太陽の神と大地の女神は夫婦である。
太陽は太陽神の祝福の気持ちの塊だが、”人の子ら”だけでなく、大地の女神にも祝福の気持ちは降り注ぐ。喜んだ大地の女神の力で作物や植物が育つと言うわけだ。
四季で育つ作物が違ったり、冬に育ちにくいものが多いのは祝福の量に左右されるから、と言うことのようだ。
そして、雲の女神は時折、いつも祝福を受けている大地の女神の邪魔をするべく天を覆い尽くしてしまうのだと言う。こちらも太陽の神とはご夫婦でいらっしゃる。
そして、何故私には祝福をくれないのかと流す涙が雨である。普段は清らかな心の女神なので雲は白いが、どんどんと感情が淀んでくると雲は黒くなっていくのだそうだ。
普段は時々そうしているだけなのだが、年に1度、高ぶった感情を一気に放出する時期がある。そして、そこの感情の放出が雨季と言うわけだ。泣いてスッキリすることがあるのは男女で違いはないが、世界が違えどそれは同じらしい。「雷が落ちる」には実際の現象と慣用句の両方があって、どっちの世界でも意味が同じであるように。
で、泣いてスッキリした雲の女神は雲を除けて人の子を祝福する気持ちになる。そうすればその力も相まってより作物は育つ、ということである。
実際のところ、雨が降ってくれなければ作物が育たないわけで、感謝すべき現象なのだが、そう聞いてしまうと雨雲がより一層陰鬱なもののように見えてくるな。
にしても、この世界の神様たちは感情的で人間臭いところが多いような気がするが、前の世界のギリシャ神話でも妙に人間臭いところがある神様もいた印象なのでそんなものなのかね。
この辺を口にしてバチが当たってもつまらないので心の中にだけ秘めておくことにした。
森に入るところで、ポツポツと水滴が顔に当たった。いよいよ降り始めたらしい。
とは言っても、本当に小雨と言った感じなので、そのまま森に入ると木々が天然のアーケードを構成してくれているせいか、あまり当たらなくなった。
「少しはマシだけど、そのうち溜まったのがザーッときたりするから、さっさと帰っちまおう」
サーミャの言葉にリケが頷いて、クルルは一声鳴き、家路の最後を急ぐのだった。