翌朝、朝一番の日課を終えた俺達は、手分けして大量に作った鍬を荷車に運び込んでいた。
心なしか、それを見ていたクルルのテンションが若干上がっているような気もする。
クルルは重いか遠いかだとテンション高く荷車を牽いてくれる。頑張ってくれたぶんは到着時にしっかりと褒めてやるのがいつものやり方だ。
50本超の鍬を荷車に積み込み終えたら、クルルを繋いで皆で乗り込む。
ディアナがルーシーを抱っこして乗せようとした時、ルーシーがグッと屈み込んだ。頭はじっと荷台を見つめている。
頑張って自分で乗ろうとしているのかな。ちょっと猫っぽくも見える。
屈み込んだルーシーが全身をバネにしてピョンと伸び上がる。おっ、これは。
と、思ったが、もう後10センチかもう少しくらい届かなかった。ルーシーがそのまま地面にスタッと降り立ち、何事もなかったかのように「ママ抱っこ」とばかりにディアナに駆け寄った。
まぁ、遅かれ早かれ上がれるようにはなるだろう。
目をキラッキラさせたディアナに抱えられ、ルーシーも荷台に乗り込んだ。抱っこしているので俺の肩は無事だ。
雨季が近づいている、ということを実感させるためであるかのように、ジメッとして暗い空気が黒の森に満たされている。
この時期にここに飛ばされてきていたら、もっとこの森に対する印象が変わっていただろうな。皆が「恐ろしい」と言っていることに、多少は実感をもてていたかも知れない。
サーミャが鼻をヒクヒクさせている。聞いてみると「ジメジメしてる日は鼻が利きにくい」のだそうだ。湿気で匂いの成分が広がりにくいとか、木からフィトンチッドが出て邪魔してるとかかね。
サーミャがこうなると、若干ではあるが監視の効率が落ちる。とは言っても、ヘレンもいるので、そうそう滅多なことにはならないとは思うが。
警戒をしながらも進んでいくと、遠くの木立の隙間からチラチラと樹鹿の姿が見える。この距離で見えるということは、かなりデカいやつだ。
見えているのか感づいたのか、ルーシーがそっちのほうを見て尻尾をパタパタさせている。
尻尾を振るだけで、吠えないのは本能的に吠えても意味がないことを理解しているからだろうか。もしそうなら相当なおりこうさんなので、頭を撫でてやると、尻尾のスピードがあがった。
「食いだめしてるなぁ……」
少しだけ見えた樹鹿の様子を見て、サーミャがつぶやいた。
「そうなのか?」
「うん。あの様子だと今週中には1頭くらい仕留めておかないといけないな。みんな引きこもっちまって出てこなくなるんだ」
雨だと鹿も引きこもるのか。毛皮があるとは言っても、体力が奪われるだろうからな。となると熊や狼もその間はウロウロしないに違いない。
逆に言えば、今の時期は出くわす可能性が高いということだ。
「必要なものだから、狩りの方は任せておくが、熊には気をつけろよ」
「もちろん」
サーミャが胸を張って答える。熊はこの森で暮らす以上、出くわす可能性の高い中でも最大の脅威だからなぁ。サーミャは一度それで危ない目にあったわけだし。
チラッとディアナやリディ、ヘレンの方を見ると頷いてくれた。うちの家族なら平気そうだな。
道中危なっかしいものには出くわすことなく森を抜け、街道を進んだ。もう間もなく街にたどり着くが、俺達の上にはずっと雲がかかっている。
今にも降ってきそうというわけではないが、日が差しているわけでもない。悪いことが起きるなら今!と言わんばかりの風景が広がっている。
「この天気じゃあ、絵物語みたいに街全体が陰謀に巻き込まれているかのように見えるな」
街が見えてきた頃、俺は笑いながらそう口にした。これで雷がゴロゴロと鳴ればサスペンスの演出も真っ青である。
「すっきりしない天気だものねぇ」
貴族の出身でガチのそういう場面も見てきたに違いないディアナが言う。リケとリディはクスリと笑ったが、サーミャとヘレンはキョトンとしている。
あまり、そういうものは読んでこなかったのかな。今度こっそりカミロに頼んでおくか……。
いつも通りに街路を行く。都では目立ってしまったエルフのリディも、この街では大して目立っていない。
むしろ今は荷台から顔を出して外を眺めているルーシーの方が注目の的だ。
今日はいつも仏頂面で睨みつけるように店番をしている露天商のイカツいオッさんが、周りに気付かれないようにこっそりルーシーに手を振っているのを見てしまった。可愛いは正義だし、可愛いものが好きなことに罪はない。
こうしてルーシーが1人(1頭)で愛嬌を街路に振りまきながら、カミロの店に向かっていった。