「やっぱりか」
ため息をつきながらの俺の言葉にリディが頷く。
ルーシーは仮に育ち盛りだとしても急に食べる量が増えすぎている。これはクルルと同じように、魔物化して魔力も取り込む必要が出てきたのが、それが出来なくて食事で補っているんだろう。
「そんな……」
ディアナはかなりショックを受けているようだ。
「まぁまぁ、魔物化とは言っても、必ず凶暴になるわけじゃないんだろ?」
「ええ」
再びリディが頷く。
「純粋に淀んだ魔力から生まれた魔物はともかく、大抵は元の生物の気質を受け継ぎます。大黒熊が凶暴になるのは、そもそも凶暴なのでそれが強化されたに過ぎません」
「じゃあ……!」
「森狼はおとなしくて賢いので、おそらくルーシーはそんなに今と変わらないかと。より賢くなってしまうでしょうが、それで困ることは無いと思います」
今度はディアナが安堵のため息をついた。今にもへたり込みそうなので、さり気なく腕を回して支えておく。
「とりあえず家に帰ろう。続きは車でな」
ディアナが少し力なく頷いて、俺達は帰り支度をはじめた。ルーシーはカテリナさんにすっかり懐いたらしく。駆け寄って撫でてもらっている。
そのまま抱っこしたカテリナさんがじっとこっちを見てくるが、魔物化してるかどうかには関係なくうちの子はやらんぞ。
預けていた荷物を受け取って荷車に積み、クルルを繋いでルーシーを乗せ、俺たちも乗り込む。大した荷物もないので出発まではすぐだ。
「それじゃあ、ボーマンさん、カテリナさん。それにみなさんもお世話になりました。伯爵には宜しくお伝えください」
「主人もお会いできずに残念がっておりました。また是非お越しください」
「またいらしてくださいねー」
より身分の高いマリウスには呼び捨て、かつタメ口なのに、その家の使用人の人たちにはさん付けの丁寧語という矛盾が我ながら面白く、それも手伝って笑顔で手を振ることができた。
ディアナも頑張って笑顔で手を振っている。竜車を操っているリケ以外の家族も手を振り、別れを惜しみながらエイムール邸を離れた。
そのままやはり人でごった返す外街を抜け(ルーシーが愛嬌を振りまき、通ったところのストレスを下げていた)、外門を抜けて街道に出る。
「それでルーシーだが」
俺がそう言うと、自分が呼ばれたと思ったのか、景色を見るのに飽きたのかルーシーが膝の上に乗って丸まった。俺は撫でながら言葉を続ける。
「この子は魔物になっているそうだ」
俺の言葉に、リディとディアナ以外の皆も息を呑む。
「とは言っても、今のところ危険はない。普通の狼よりも賢くなる可能性はあるそうだが」
それを聞いて、皆がホッとする。
「それで……どうするんだ?」
おずおずとヘレンが聞いてくる。
「そりゃあ、うちで面倒見るさ」
「良いの?」
今度はディアナだ。俺は努めて表情を変えないようにしながら言った。
「一度助けると決めて助けたんだ。魔物だったからポイ、ってわけにもいかんし、もし他所様に迷惑をかけるような魔物に育つなら、その時はちゃんと処分しないといけない。そこまでやってはじめて責任を持ったと言える……と俺は思う」
そりゃあ、俺だって出来れば処分するようなことはしたくない。勝手に助けて勝手に処分、というのも傲慢すぎる。
だが、もしそうなったときは俺一人の手で始末をつけないといかんな。
気がつくと、俺の内心の決意を嗅ぎ取ったのか、サーミャが心配そうに俺の方を見ている。
「そんなことにはならないよう、しっかり育てていかないとな」
俺は明るくそう言って、言葉を続けた。
「しかし、これでこの子と母親が群れを追われた理由がわかったな」
「魔物化したから……か」
サーミャがそう言う。彼女でも最初に分からなかったのは、そうそうあることじゃないからだろう。
「うん。親も魔物になっていたのか、ルーシーがなってしまったのを見捨てられずに一緒に群れを離れたのかまでは分からんが」
ただのひ弱な子で、他にも多数子供が生まれていれば見捨てられた可能性もあるが、そうではないのだ。
あの母親にとって今回生まれたのがルーシーだけなら、その子がどんな子であろうと守ろうとはするかも知れない。
森狼は賢い動物だ。賢さは優しさにもつながる、と俺は思っている。そんな生き物ならあるいは……。
いや、俺の願望を押し付けるのはそれもまた傲慢か。俺は頭を振って、しょうもない考えを振り払った。
「ま、とにかくこの子はずっとうちの子ってことには変わりない」
「それだけわかればアタイはいいや」
ヘレンが場を和ませようとしたのか、明るい声で言うと、「アタシも」「私も」と皆賛同の声を上げてくれる。
こうして、俺達の初めての日帰り家族旅行は波乱が起きながらも、無事に終えることが出来たのである。