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屋敷へ戻ろう

 意外なところで意外な人に出会ったが、露店もざっと見て回ったところで、俺たちは内街、つまりはエイムール邸へ向かうことにする。

 歩きながら、俺は心配事を口にした。


「クルルとルーシーのご機嫌がななめでないといいんだが」

「あの子達は聞き分けが良いから大丈夫だと思うけどね」


 俺の言葉にはディアナがそう言った。ママがそう言うんだったら平気かな。


「お腹空かせてないですかね」

「それなんだよな……」


 続くリケの言葉に、俺は頭を抱える。ルーシーはともかく、クルルは”食糧事情”的にちょっと心配だ。


「まぁ、ジタバタしてもどうしようもないし、なるべく早く戻るようにしよう」


 俺が言うと、皆から同意の声が聞こえてきて、ディアナの先導で内街へと歩みを進めた。


 内街の門番に、出るときに見せた札を再び見せる。門番は既に交代していたが、出たときと同じように軽く敬礼してくれる横を、頭を下げて通りすぎた。


 門を通り過ぎた後、俺はヘレンにそっと近づいて、小声で言った。


「見ててくれて、ありがとな」


 ここに来るまでの間、ヘレンはずっと周囲(主に後ろ)を警戒してくれていた。

 ここから先は主に貴族の住むところである。外街と比べれば、全くと言って良いほど警戒をしなくて済むはずだ。

 つまり、ここからはヘレンも気楽に出来る。そこで俺はヘレンに礼を言ったわけだ。

 家族といえども、した仕事に対しては労わねば。今回の日帰り旅行には特にそういう趣旨もあって来ているわけだし。

 俺の感謝の言葉を聞いたヘレンはというと、


「お、おう……」


 顔を真っ赤にして、そう言うのが精一杯だった。


 閑静と言うには少し騒々しい街を歩いていく。エルフであるリディはやはり注目されているが、外街ほど視線が不躾ではないのが流石と言うべきか。

 内街に戻ってからはディアナの勝手知ったる領域でもあるからか、歩みが早くなる。

 ……クルルとルーシーのところへ一刻も早く戻りたいのも十分にあるだろうが。


 エイムール邸に到着すると、警護の兵士が敬礼をした。そう言えば、2人いる彼らはハルバードを装備している。うちから買い上げたやつだろう。

 彼らの着ている金属鎧ともなかなかマッチしている。貴族以外で来る人間はそうそういないと思うが、ハッタリも効いてて良さそうに見える。

 俺たちは(ディアナ以外)ペコリとお辞儀をして、屋敷の門をくぐった。


「ワン!」


 クルルとルーシーを預けていた裏庭の方に回ると、ルーシーが勢いよく駆けてくる。一緒に遊んでいたのだろう、カテリナさんがちょっと残念そうだ。

 ものすごいスピードで駆け寄ってきたルーシーがそのまま、しゃがんだディアナに飛びついた。尻尾がパタパタとものすごい勢いで振られている。この様子だとルーシーは平気かな。

 クルルも「クー」と鳴くと、のそりと近寄ってきた。ヘレンとリケが撫でてやっている。


「うちの子たち、迷惑おかけしませんでした?」


 俺はカテリナさんに聞いてみた。カテリナさんは首と手を同時に横に振る。


「いいえ、ちっとも。とっても良い子たちでしたよ」


 そう聞いて俺はホッとする。


「ただ……」


 カテリナさんは言葉を継いだ。


「クルルちゃんも、ルーシーちゃんもよく食べるんですねぇ」

「ルーシーもですか?」

「ええ。人間の男の人くらい食べましたよ」

「ああ。そうなんですよ。あんなちっこいのにねぇ」


 俺はなるべく平静を装ってそう答えた。クルルがよく食べるかも知れないのは分かっていたが、ルーシーも?

 ルーシーの方を見ると、ディアナとリディが構ってやっていた。俺はリディにそっと近づき、小声で言った。


「ルーシーがやたら飯を食ったらしいんだが。家じゃそんな事なかったよな?」


 リディはコクリと頷いたあと、一瞬ボウっとしたような表情で、俺の言ったことの意味を考えた。そして、目が見開かれ、ルーシーの方を見る。


「な、何?」


 その勢いにディアナがびっくりしているが、リディは気にせずルーシーを注視し、抱きかかえるようにして目を覗き込んだ。

 ルーシーはリディお姉ちゃんに抱っこされたくらいにしか思ってないらしく、相変わらず尻尾をパタパタさせている。

 しばらく目を覗き込んだリディは、俺とディアナがかろうじて聞き取れるくらいの声で言った。


「ルーシーは、魔物化しています」


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