「エイゾウさんがなぜここにいるのです?」
「ちょっと家族と買い物に。作りたいものがあって、それの参考になればと思いましてね」
驚いた顔のままのフレデリカさん。相変わらずリスっぽい感じで微笑ましい。
「エイゾウがまた女ひっかけてる……」
心底呆れた声を出すサーミャ。大きな誤解があるな。
「この人は遠征のときにお世話になったフレデリカさんだよ。リディは知ってるよな?」
俺の言葉にリディがコクリと静かに頷く。証人がいて助かった。
「頭なでたりしてましたよね?」
リディの言葉に場の温度が下がった。さてはこれ助かってないな?リケとサーミャはともかく、ディアナと何故かヘレンの視線が俺の頬あたりに突き刺さって今にも穴が空きそうだ。
「いや、あれは頑張っててえらいなぁと……」
しどろもどろではあるが、正直に話す。でも本当に他意はないんだよ。
俺が慌てていると、リディがクスリと笑った。
「知ってますよ。ちょっとからかっただけです」
「お、おう……」
俺はホッと胸をなでおろす。俺への突き刺さるような視線も一旦はなくなった。
とりあえず誤解は解けたようだが(そう信じることにした)、フレデリカさんはどこかぽわんとしていた。
「どうしました?」
「いえ、エイムール伯爵が言うみたいに、キレイな奥様方だなぁと思っていましたです」
カミロに続いてマリウスもか。自分の妹も預けてんのにそんな話にしちゃっていいのか。まぁ、あいつのことだから、問題にならないようにはしてるんだろうが。
「結婚はしてませんよ。家族ではありますが」
「そうなのです?」
「ええ。私は誰かを娶る気はありませんので」
さっきはフレデリカさんに対する家族の誤解を解いたが、今度は家族に対するフレデリカさんの誤解を解く番だった。
だったのだが、俺の言葉で家族の何人かがむくれている。
俺はため息をついて、一言付け足した。我ながら卑怯だなとは思うが。
「……今のところは」
それで場の空気が弛緩した。さっきまでの剣豪の間合いに入ってしまったかのような、寒々とした感じはなくなっている。
「なるほどです」
「ああ、すみませんご主人、その紙いただきます」
目の前で起きている出来事に目を白黒させていた露店の主人に謝りつつ、懐から銀貨を取り出して手渡した。こういうのはさっさと支払ってしまうに限る。
案の定、フレデリカさんが「そんな、悪いです」とか色々言っているが、俺も店主も気にせずにやり取りを終えた。値切らないのは店の前を占拠してしまった迷惑料も込みのつもりだ。
「はいどうぞ。うちでは基本紙は使いませんので」
「……ありがとうございますです」
やや不承不承ではあるが、うちでは使わないし、買ってしまったものなのでフレデリカさんは紙を受け取った。背負っていた背嚢にそっとしまい込んでいる。
「リスだ……」
俺たちに聞こえるかどうかくらいの声でサーミャがボソリとつぶやいた。
だよな。俺は心の中でだけ大きく頷く。どう見てもリスが巣穴に木の実をしまっているような感じなのだ。
そして、うちのかわいいもの好き達がその様子を見て目を輝かせる。これはそのうち家に呼べって言うかもな。
「フレデリカさんは今日は仕事お休みなんですか?」
「いえ、ちょっと休憩なのです。今日はそんなに忙しくないので長めに休憩してるです」
そのあたりは割と自由が効くらしい。ノルマみたいなもんがあって達成したら文句言われない、とかかな。
せっかくなので、俺たち6人にフレデリカさんを加えた7人で露店をブラつく。時々工芸品のようなものを扱っているところもあるが、さっき行った店のものよりはかなりデザインがシンプルだ。
刃物を取り扱っている店もあった。まぁ品質は推して知るべしである。
しかし、その分値段も安く抑えられていた。こういうのと棲み分けが出来ていければな、と思う。俺の腕前がいいのはチートによるものなんだし。
しばらく露店街の店先を冷やかして、仕事に戻るというフレデリカさんと別れる。彼女とはまたどこかで会う気がする。
「紙、ありがとうございましたです」
「いえいえ。また何かの機会にお会いできたらよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げたフレデリカさんに、家族皆で手を振って見送った。さて、うちもそろそろ帰り支度にするか。