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子狼

 子狼は子犬のような声で俺たちに向かって吠え続ける。この声で他の獣なりが寄ってくるとまずい。

 俺たちはともかく、この子も危険に晒すことになる。なんとか早く黙らせるなりしないとな。


「ご飯あげたらついてくるかな……」


 俺はボソリとつぶやいた。そんな簡単な話なら良いんだが、多分それはないな。


「……来ると思うぞ」


 つぶやきに同じくらいの声量で返してきたのはサーミャだ。

 てか、来るのかよ。さっきの熊の肉を切り取っておけば良かったな。

 この子の体には良くないが、仕方ない。クルルの首から下げている雑嚢から弁当を取り出し、角煮サンドの肉だけを抜き取って、見せながら少しずつ近寄る。

 子狼はほんの少しだけ後ずさりをしながら、今も俺に向かって吠えている。


 ある程度近づいたところで、子狼が吠えるのをやめて鼻をヒクヒクさせ始めた。とりあえずは鳴き止んでくれたので一安心ではある。

 俺はゆっくりと地面に肉をおいて、手の届かないところまで離れてそっとしゃがんだ。子狼が鼻をヒクヒクさせながらジリジリ、ヨタヨタと置いた肉に近づいてくる。

 そして肉に辿り着くと、慎重に肉の臭いを嗅いでいる。その後、すぐにハグハグとがっつきはじめた。動物の子供がハグハグ食べてるところは可愛いな。

 それは俺の肩のHPがガリガリ減っていることからも分かる。可愛いのは十分よく分かるから、そろそろ止めようなディアナ……。


 やがて食べ終わった子狼は、じっとこちらを見つめはじめた。俺たちは手出しをせずに見守っていると、やはりヨタヨタとこちらに近づいてきた。

 手の届く範囲まで寄ってきたところで、子狼はおすわりをする。そこから更に近づいてくる気配はない。


 ええい、ままよ。俺は思い切って、しかしゆっくりと手を差し出した。

 もしこれで噛まれて狂犬病のような病気を持っていたら、その時点でアウトだから結構なギャンブルである。チップは俺の命だ。

 ゆっくりと差し出した手を子狼はクンクンと嗅いだ。とりあえず第1段階はクリアか。

 しばらく嗅がせていると、尻尾をパタパタ振りはじめたので、手をゆっくりと動かして頭をそっと撫でた。特にビックリして逃げると言うこともなく、気持ちよさそうにはしている。


「よしよし、いい子だ。俺たちについてくるか?」


 俺は子狼の目を覗き込みながら言った。子狼は俺を見返し、尻尾を振りながら


「ワン!」


 と元気よく一声鳴いた。そっと抱き上げるが、抵抗もされない。この隙に俺たちはここから離れることにした。

 恐らくは親であろう狼の亡骸をどうするかは迷ったが、そのままにしておいて土に還っていくのも森のサイクルではある。心苦しいがそのままにしておくことにした。


 やや早足で家に帰る方向へと森を進む。今日のピクニックはもちろん中止である。

 抱っこした子狼は強い強い希望でディアナに預けた。子狼は視点が高くなったからか、興味深そうにキョロキョロとあたりを見回したり、匂いを嗅いだりしている。

 逃げ出そうとかする気配はない。むしろ、楽ちんと思っているかのようだ。

 手が空いた俺とヘレン、そしてサーミャの3人とクルルで警戒しながら進む。


「ずいぶん早く懐くもんだな」


 ディアナの方をチラッと見て、俺は言った。隣でさっきの子狼のように鼻を動かして、臭いを警戒しているサーミャが答える。


「こいつも親が死んだのはなんとなく理解してるんだよ。あそこに留まってたのは、どうしたらいいか分からなかっただけだろ」

「そこでご飯くれたから、この人達は大丈夫、ってことか」


 サーミャが小さく頷く。俺は話を続ける。


「森狼も群れでいると思ってたが、親と子供だけだったな。はぐれたのかね」


 以前に見たときも親と子供だけを見たが、あれも近くに他の兄弟姉妹なり群れなりがいたはずだ。少しの間はぐれてしまうことはあっても、完全に群れから離れて行動しているというのは考えにくそうに思える。

 俺の言葉にサーミャは首を横に振る。はぐれたわけではないのか。


「あいつはこの時期の子供にしちゃ体が小さい。何か問題があったんだろうけど、普通そういうときは母親は子供をほったらかしちまうもんだ」

「それをしなかった?」


 サーミャが今度は大きく頷いた。


「理由まではわかんないけどな。それで群れを追われたかしたんだろ。足手まといがいると群れ全体が危険になるから、それ自体はおかしい話じゃない。それで森を彷徨さまよっている間に熊に出くわしたってとこだろうな。本来は鼻がきくのに熊に気が付かなかったってのは、母親も余程切羽詰まってたか……」

「俺たちが見なかっただけで、熊の獲物を横取りしようとしてた可能性もあるか」

「そうだな」


 うちで足手まといになるってことはないし、強いお姉さんたちもいる。新しく命を迎えることには必ず責任が発生するが、この子に関して言えば、少なくとも成長するまではその責任を全うできるだろう。

 ディアナのほっぺたをペロリとやって喜ばれている子狼を見て、俺はそう思った。

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