倒れ込んだ熊を俺とヘレン、少し離れてリケで取り囲む。
さすがに首と身体が泣き別れになった状態では、魔物だろうと助かりはしないが、念には念をだ。
他の三人は周囲の様子をうかがっている。この隙を狙っている別の獣なりがいないとも限らないからな。
しばらく様子を見ていたが、やはり動き出す様子は全くない。みんなゆっくりと武器をおろす。
「みんな、怪我はないか?」
俺はそう声をかけたが、返ってきたのは異口同音に無事を知らせる声だ。
まぁ、あっという間にヘレンが片付けてしまったからな。俺が攻撃を避けるために転がった以外に怪我する要素もない。
みんなを見た感じ、返り血などもほとんど浴びてないようだ。それを見て俺の意識も完全警戒から通常に切り替わった。
一瞬のことだったが、気を張っていたぶんの疲れがどっと襲いかかってくる。
俺はたまらずその場に座り込んだ。
「この熊は魔物化しかけてたのかな?」
俺は疑問を口にした。
「余り澱んだ魔力は感じませんでしたけどね」
と、リディが言う。じゃあ、魔物にはなっていなかったのか。
「大黒熊で腹をすかせたやつは、獲物を見つけると次々襲う習性はあるけどな」
そう続けたのはサーミャだ。蜘蛛でそんな習性をもったやつはいるが、哺乳類ではちょっと思い当たらない。
この黒の森は比較的獲物の数が多くて余裕があるからこその習性である気はするが。
「放棄した獲物はどうなるんだ?」
「そのままか、運が良いか悪いかはともかく、戻ってきたときに腹が減ってたら腹ん中だな」
とにかく獲物を多く狩って腹を満たしていく方法か。
食い切れなくても狼なり他の動物なりが始末するし、そうならなくても土にかえっていく肉体は森の養分にはなるだろう。
そう考えるとうまく出来ているような、そうでないような、自然の仕組みを感じてしまうな。
「エイゾウ」
そんなことを考えていたら、サーミャがやや緊張を維持した声で話しかけてくる。
「どうした?」
「こいつが倒したはずの獲物がどうなってるか確認した方が良い」
こいつの血の臭いで俺にはもう感じとれないが、こいつが現れた時点で血の臭いはしていた。そのときのがこいつのものでないとすれば、それはこいつが倒したものであるのは間違いない。
それが鹿なのかウサギなのかは分からないが、サーミャが確認した方が良いと言うならした方がいいか。
熊の始末については、食材に出来なくはないが森に任せることで一致した。
前の時はこっちから探しにいって倒したから食ってやるのが供養かと思ったのでそうしたが、今回は遭遇戦という違いがある。
つまり、今回の倒し倒されは、人数の差こそあれ完全にお互い様だ、という判断である。
俺は根が生えてきそうな尻を「よっこいしょ」と掘り起こして立ち上がると、みんなでサーミャの指し示す方へゆっくりと進んでいった。
ゆっくりでも体感的にはさほど歩いていないところでサーミャが足を止めた。
「この辺か?」
俺が聞くとサーミャは無言で頷く。
俺はみんなに合図をして、あたりの捜索に移っていくが、サーミャとクルルはともかく、他のみんなは鼻が利くわけではない。森の知識が豊富なリディが多少変化に気がつきやすい程度の話である。
多分俺たちよりもサーミャが見つける方が早いだろうな。
その意に反して、声が聞こえた。
俺たちは慌てて駆け寄る。そこにあった……いや、いたのは狼であった。それも2頭である。片方は大きな体躯をもった立派な大人だったが、身体の中心辺りが切り裂かれている。
既に事切れているのだろうか、ピクリとも動かない。チラッとサーミャを見たが、首を横に振った。こっちは駄目か。
もう1頭はさっき聞いた声の主だ。かなり身体の小さな、子狼と言って良い大きさの狼だ。
彼か彼女か分からないが、とにかく今もキャンキャンとこちらに向けて威嚇をしている。事切れている狼はこの子狼をかばったのだろうか。
「お前が言ってたのはこの子のことか」
サーミャに聞くとコクリと頷く。親を失った子狼か。血の臭いで寄ってきた別の獣が仮に狼であっても、別の群れの子供を保護してくれるかどうかは分からない。
それ以外の獣がよってきた場合は言わずもがなだ。
気がついてしまった小さな命をこのまま見殺しにするのも忍びない、と言われれば俺も無視できるかは怪しいものだ。
チラリとみんなを見ると、一様に期待したような目をしている。俺はため息をついて言った。
「分かった、助けよう」
俺はこの子狼をどうすれば無事にここから連れて帰られるか、それを考えることに集中した。