サーミャのアンバーの虹彩にある丸い瞳孔がキュッと縮まって、その緊張を表していた。
「エイゾウすまない、こっちは風上だったから気がつくのが遅れた。大黒熊だ」
弓の準備をしながらサーミャが謝る。サーミャで気が付かないなら、相手が人間じゃなきゃ誰も気が付かないだろう。
だからこそ謝っているのだということも理解はしているが。
俺は短く「気にすんな」とだけ言っておく。
辺りに首を巡らしていたクルルと、サーミャが注視する方向が一致した。
「クルルも分かるか」
「キューゥ」
クルルがいつになく緊張している。最悪の場合は彼女だけでも逃げて貰おう。
基本的には魔力を摂取して生きる走竜なら、この森であれば余裕で生きていけるだろうし。
「こっちから仕掛けるか?」
「いや、茂みの方にいるからそれは止めたほうがいい」
俺たちが今いるのは下生えがやや少なくなっているようなところだ。サーミャとクルルが警戒している対象は低木が生えているところで、よく見えない。
そちらに向けて俺とヘレンが前衛として前に出る。その後ろには槍を持ったリケ、更に後ろにディアナ、リディ、サーミャが構える。
「俺とお前で片付くと思うか?」
「アタイも熊とはやったことないからなぁ」
「俺はあるぞ」
「あるのかよ……」
ヘレンが呆れた声を出す。あのときは槍だったが、今回はショートソードだ。ロングソードを持ってきた方が良かったかな。
リケと得物を変える事も考えたが、リケのリーチを補うために槍を持たせているのに、それをしては意味がなくなるな、と考え直した。
茂みからガサガサと音がする。俺の鼻にも獣の匂いと、こびり付くような特徴的な匂いが薄っすらと届いてきた。血の匂いだ。
俺でうっすら分かるということは、サーミャは色濃く感じているのだろう。後ろにいるから表情を見たりは出来ないが。
全員の緊張が辺りを支配した。一瞬、シンと静まり返る。鳥も虫も全てが息を潜めていて、全ての時が止まったかのような錯覚に陥る。
次の瞬間、茂みから巨体が飛び出した。一気に襲い掛かってくるかと思ったが、俺たちを見て立ち上がった。威嚇行動だろうか。
なんにせよ、そこを見逃す俺やヘレンではない。事前の打ち合わせはなかったが、分散して駆け寄る。
熊は一瞬戸惑いを見せたが、利き腕が右だったりするのだろうか、そちら側から近寄っていた俺目掛けて腕を振り下ろす。
以前に別の熊とやりあった時のことが頭をよぎったが、すぐに追い出して、倒れ込むようにしてその腕をなんとか避ける。
「フッ」
その隙に一気に間合いを詰めたヘレンが短く息を吐いて、二刀流のショートソードを振るった。試しの時にも見た青い迅雷が空間を奔る。
その迅雷が通り過ぎたあと、熊の左腕はスッパリと切り落とされていた。鮮やかと言うよりほかない。
「グオオオオオオ!」
熊が呻く。これで恐れをなして逃げてくれればいいのだが、その目は怒りに燃えているように見えた。
その巨体に似合わぬ素早さでヘレンに向き直る。だが、そこへ3本の矢が突き刺さった。
どれも俺特製の矢じりだ。恐らくは金属製の鎧も貫通するだろうそれらは、熊の毛皮を易易と貫いている。
熊は再び吠えると今度はそちらに頭を巡らせようとする。
だが、そこに二条の青い光が奔る。ヘレンのショートソードが再び雷となって熊の首を襲ったのだ。
頭を失った熊の体は、しばらくゆらゆらと動いていたが、やがてどう、と地面に倒れ込んだ。