リディが貴重なキノコと言うだけあって、周辺にある似たような蔦を探したが、結局見つかったのはその1本だけだった。
1本だけでもいろんな病気に効くなら、いざと言うときにも心配が少ない。うちは森の奥だし、何かあっても緊急時には手遅れになることが多いだろうからな……。
この世界の今の医療レベルは当然前の世界と比べるべくもないが、それでも適した薬品があるかどうかの違いは大きいだろう。
病気といえばだ、俺は疑問を口にした。
「病気を治す魔法ってあるのか?」
魔法の詳しい知識についてはインストールにもない。実際、リディがホブゴブリンとの戦いで見せた魔法も具体的にどんなものなのか、俺は理解していないのだ。
「ありますよ。簡単なものなら使えるものは多いはずです」
疑問にはリディが答えた。うちで魔法の専門家と言えば彼女だ。
「簡単、と言うと熱っぽいのを治すとか?」
「そうですね。頭痛と微熱くらいなら私も治せます」
「そうなの!?」
リディがコクリと頷く。前の世界でしょっちゅう緊張性頭痛になっていた(肩こりと並ぶ、デスクワークの職業病みたいなものだ)俺としては、羨ましいったらない。
「それでも万能ではないので……」
リディだけでは頭痛や微熱以上の熱が出るような病気は治せない。その時はキノコや薬草……つまりは薬の出番と言うわけだ。
「都の医者でも頭痛やら腹痛を治す魔法を使えるのがいるけど、やたら高いのよね」
今度はディアナが答えた。都くらいになるとそういうのもいるんだな。
「どれくらいするんだ?」
「頭痛で金貨1枚かな」
「そりゃ高い」
値段を聞いて俺は苦笑した。うちが一回納品して得られる金額を考えたら、それを超えているはずだ。
よほど酷い頭痛ならともかく、日常的に呼びつけるとか専属としてお屋敷に、というわけにはいかない額だな。
「だから普通は薬草やなんかで済ませるわ」
「だろうな」
こちらに来てすぐの頃、解熱の薬草を見つけたが、あんな感じで頭痛に効く薬草があるならそっちの方が遙かに安いはずだ。
もしくは薬草同士を組み合わせて、頭痛に効くように処方するのかも知れないが。
こっちの世界の医者は魔法使いと
「あ、ありました」
リディが再び小走りに駆け寄る。今度は蔦に生えるキノコなどではなく、そこに生えている草そのもののようだ。
「これは腹痛に効く薬草ですね」
リディはそっとその薬草を摘み取って俺に見せた。ほんのり赤い色をした草だ。
うちの周囲では見たことがない。ちょっと脚を伸ばした甲斐はあっただろうか。
「うちの畑に植えられるかな?」
「大丈夫だと思います」
「じゃあ、2株ほど貰っていくか」
「はい」
リディが小さく頷いた。雑嚢からボロ布と縄を取り出す。なるべく元気なままで運ばないと、草とはいってもかわいそうだからな。
俺とリケ、サーミャとヘレンでナイフを使って草の周りの土ごと掘り起こし、それを布でくるんで、解けないように縄でくくっておく。
くくった草はクルルの首に結わえておいた。
「戦利品だな」
「クー」
クルルが嬉しそうに身体を揺らす。落ちないかと少し心配したが、どうやら杞憂だったようだ。
ブラブラと揺れはするが、外れたり土が振り落とされたりということはない。この様子ならクルルが歩いても気がついたら落ちてたりはしないだろう。
ぽっかりと空いた2つの穴は一応塞いでおいた。天然の罠みたいになって、走っている動物(獣人や人間を含む)が引っかかっても寝覚めが悪いからな。
その後ものんびりと森の中を歩いていく。鳥の鳴き声が響き、風のそよぐ音が辺りを包む。そんな中を他愛もない話をしながら進んでいくのは、ピクニックというか冒険というか、ともかくそんな感じで男心も十分に刺激されるのである。
無論、本来であれば結構危険な場所ではある。
ただ、今はサーミャと言うこの森に慣れている狩人に、植物全般の知識があるリディ、武力としては最大のヘレンと及ばずながら俺もいるから、勢い安心の方が勝ってしまう。
そんな弛緩した空気を悟ったのかどうなのか、それとも気が抜けたのはフラグであったのか、唐突にサーミャが立ち止まった。明らかに警戒している顔である。
同様にクルルも立ち止まって首を巡らせている。この2人が同時に止まって警戒しているということは、何か危険なものが近くにいるに違いないのだ。
俺たちもそれを察して、それぞれの武器を構えた。