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ピクニック

 翌日、日課だけは済ませておいて、出かける準備をしていく。弁当にするのはいつもの甘辛く煮ておいた猪肉を、無発酵パンで挟んだ角煮バーガーみたいなアレである。

 鶏卵みたいなものがあればもう少しバリエーションが出来るのかも知れないが、この世界の鶏卵の安全性ってどれくらいのものなんだろうな。

 半熟でも不安は残るが、この世界の細菌類が前の世界のサルモネラ菌と同じく70℃以上で加熱すれば平気なのであれば、いつか入手出来るように取り計らってはみたいところだ。


 無いものねだりをしても仕方がないので、いつもの弁当をこさえたあとはミント茶を用意して水袋に入れ、雑嚢にまとめておいた。

 森に入るので、みんなも思い思いに動きやすい服装に着替えた。

 念の為ではあるが、俺とヘレンはショートソード、リケは短槍、他の3人は弓を持っている。この体制なら少々厄介なのに出くわしても平気だろう。武力的にも随分と充実してきたな……。


「それじゃ出発するか」


 俺の言葉に家族みんながめいめいの言葉で返事を返してくる。全員が出たことを確かめると、家の扉を締めて鍵をかけておいた。


 外ではクルルがソワソワしながら待っている。昨日話してはおいたが、理解したのかそれともみんなの様子から察したのかはわからない。

 いずれにしてもやっぱりこの子は賢いよなと思う。親バカと思わば思え。

 そのクルルに雑嚢を預ける。簡易荷車は音が大きいし、どこまで耐えられるかわからない上に、クルルがこういうときは首から下げたがるので、縄を使って雑嚢を首から下げるようにした。

 6人分の食料+水(茶だが)なのでそこそこの重さがあると思うが、クルルは意に介した様子もない。


「荷物頼んだわね、クルル」


 ディアナがそう言うと、クルルは機嫌よく「クルー」と一声鳴いて、俺達6人と1頭は森の奥へと歩き始めた。


 空からの陽光がところどころをスポットライトのように照らす中を歩いていく。今日は晴れてよかったな。

 そうそう、天気といえばだ


「もうすぐ雨期が来るんだったか?」

「そうだな。アタシの勘だと来週か遅くても1ヶ月以内には来る。そこそこ続くと思う」


 俺の発した疑問にはサーミャが答えてくれた。恐らくは生まれたときからここに住んでいる彼女の言葉だ、間違いあるまい。


「じゃあ、そのあたりは納品を休みにするかなぁ」


 荷車の方は明日の納品で布地を手に入れて、幌を急造すればいいとしても、クルルに布をかけて合羽にしたところでほとんど雨ざらしなのは変わらない。

 あくせく働く必要もないくらいには貯金もあるわけだし、カミロの側が困るのでなければ、街までとは言っても長距離の移動は避けたいところだ。


「その方が良いわね」

「材料も食料も備蓄は十分にありますし」

「じゃあ、そうしよう」


 俺もその方が嬉しいので、翌週の納品はしないことにした。実際にはカミロが困るかどうかだが、まぁなんとかするだろう。


 家を出てから1時間ほどゆっくりと森の中を進んだ頃、リディが突然「あっ」と声を上げて走り出した。

 俺たちも慌てて後を追う。追いついてみると、少しだけ先に行ったところでリディがしゃがみこんでいた。何かを採っているらしい。


「なんか見つけたのか?」


 リディはコクリと頷いて、今採ったらしきものを俺達に差し出した。


「このキノコは貴重な品です」


 そのキノコは昼間にも関わらず淡い燐光を放っている。前の世界でもツキヨタケなんかは光るらしいが、夜間でないと分からないはずだ。

 昼間にも関わらず、光って見えるということは夜間に見たらかなり明るいはずである。


「煎じて飲むと、いろいろな病気に効きます。乾燥させる必要がありますが」

「へえ、便利だな」


 俺が答えると、リディは再びコクリと頷いた。そんな便利なものなら慌てて採取するのも分からないではない。

 素人がキノコを採ると色々事故の元になるが、リディは森に暮らしていたエルフだ。見間違いはしないだろう。……しないよな?


「アタシはこのキノコ知らなかったなぁ」


 サーミャが口をとがらせてぼやく。黒の森の獣人として知らないことがあるのが気に入らないのだろう。


「あの蔦にしか寄生しないうえに、雨期の前のこの時期にしか生えないんです。水に濡れると溶けてしまいます」


 キノコのいわゆるキノコの部分は子実体と言って、植物で言うところの花や実を兼ねたものであり、茎や根にあたる部分は菌として土の中に広がったりしているらしいが、このキノコは蔦の中に菌糸を伸ばしてそこから栄養を得ているのだろう。

 この世界のこのキノコが前の世界のものと同じようなものであれば、の話だが。


「やっぱりエルフは物知りなんだな!」


 ヘレンが遠慮なくそう感心して、リディは気を悪くすることもなく、照れて身を縮こまらせるのだった。


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