アポイタカラが鋼でサンドイッチされた板、と言った様相のものを火床に入れる。
それはゆっくりと加熱されていき、やがて加工が出来る温度にまで高まった。
取り出して金床に置き、鎚で叩く。長さはもう十分なので、ここからは形を整える作業になる。
叩いて刀身の断面は菱形に、刀身の3/4くらいから先を尖った形にする。菱形の頂点で刃にならないところは叩いて平らにしておく。
逆の側、持ち手になる方は細く延ばしておくだけだ。実際の持ち手と鍔は鋼で別に作り、あとで固定する。
鎚で叩く音が鍛冶場に響く。この作業自体は普通のものと大して変わらないし、温度なんかはこれまでに見せているから、リケたちは自分の作業をしていて、リケがショートソードを打つ音と、俺の音が混じっている。
以前にも何度かあったことではあるが、今回はどちらも鋼の音では無くほんの少しだけ、涼しげなアポイタカラの音も混じっていて音楽っぽさを増している。
「鋼が混じってますけど、ミスリルとも違った音がしますね」
リケがそう言うと、リディがうんうんと首を振る。リケは見学してたし、リディはそもそもミスリルの剣を修理した時の依頼主だ。
「そうなのか?」
最初に反応したのはヘレンである。彼女はミスリルを打った時の音を知らない。
「澄んだ綺麗な音だったな」
「そうねぇ」
サーミャとディアナも応える。彼女たちも見学はしてないが、隣で作業をしていたので音を知っている。
「えー、聞いてみたかったな」
ヘレンが口をとがらせた。単にタイミングの問題でしかないが、自分1人だけ知らないというのがつまらないのは分かる。
「まぁ、そのうち機会はあるだろ」
俺は剣を鎚で叩きながら言う。この辺りでミスリルを加工できる職人はそう多くはない。
都へ行けば加工だけならできる者がいるのだろうが、魔力までとなるとこの近辺では俺以外にいないのは
なぜなら、そもそも都や街では魔力が少なくてミスリルに込めることが出来ないからだ。それが分かってて魔力の多いところに住んでいる鍛冶屋となると、王国中を探してもそう多くはないだろう。
俺も別にそれが分かっててここに住んでいるわけではないが。
ともあれ、であればミスリルがこの辺りに流れてきた時に、俺のところまでやってくる可能性はそこそこに高いだろうし、そうなれば音を聞く機会は十分にある。
その時にヘレンがうちにいるかはともかく、いる間に聞かせてはやりたいものだ。
俺がそう言うと、ヘレンはコクリと頷いて、自分の作業に戻った。
やはり鋼のみとは違い、アポイタカラをサンドした材料では時間がかかった。それでも昼を回って少しした頃になんとか形が出来あがってくれて、俺は胸をなで下ろす。
その後、鍔と柄の部分を鋼で作る。こっちは鋼だけということもあって、素早く作ることが出来た。持ち手には例のデブ猫印の刻印も入れておいた。
やはりクオリティも速度も上がっているように思う。自分ではいまいち分からないので、リケに見せてみる。
「どうだろう?あの時間ではいい出来だと思うが」
「いえ、普通に最高級の品と言っていいと思いますよ」
間髪入れずにリケが答えた。実感のない俺は質問を重ねる。
「そこまでか?」
「ええ。この時間でこれを作られたら、心が折れる鍛冶屋もいるでしょうね」
真剣な顔でリケが言うものだから、それを茶化そうと言う気が全く無くなってしまう。
「お前がそうじゃないなら良いよ」
「私は親方の最上級を知ってますからね。あそこまでは無理でも、自分が達することのできる限界までは頑張りますよ」
「ほどほどにな」
あんまり根を詰めて倒れたりされても、それはそれで困るし、まだ若い(ドワーフの年齢は良くわからない)のだろうから、先々を見据えて欲しいものだ。
その後、刀身の平にしたところの両面をタガネで彫刻する。前に作ってやったやつに似た感じの、稲妻の彫刻だ。彫刻は鋼の部分を全て削り取って、アポイタカラが露出するようにした。
こうすることで、稲妻が青く刀身に浮き上がることになる。刃と刀身の稲妻が青く光る剣。それの担い手は”迅雷”と呼ばれる傭兵である。持ち主の異名にそぐうものになったなら良いのだが。
出来た部品と刀身を組み合わせて、柄に革を巻く。一通り、全体の形はこれで整ったな。日が沈むギリギリくらいにはなってしまって、リケ達は片付けをしている。
俺は手が空いてきたヘレンに出来た剣を2本とも差し出す。
「出来たぞ。ちょっと日が暮れかけてるが、試してみてくれ。刃は後で付ける」
「お……おおーー!」
出来上がった剣に感動したヘレンの声が、作業場に響き渡った。