翌日、朝の日課を終えた俺はまず鋼に取りかかった。今日はこいつでアポイタカラを挟み込むのだ。
ミスリルを触ったときも思ったが、今回はあのとき以上に苦労したからか、鋼がやたら素直でいい素材のように思えてくる。
実際のところ、打てば響くと言うか、思ったように延びてくれるのはありがたい。
今のところは普通の鋼を延ばしているだけなので、リケも見学していない。
俺が振るう鎚の音がリズミカルに鍛冶場に響く。ヘレンはディアナと一緒にショートソードの鋳型を作っている。
少し様子を見てみると、なかなかに器用だ。ディアナも割とすぐに覚えたが、やはり自分のよく知るもの(実際はその関連品みたいなものだが)だと、感覚を掴みやすいのだろうか。
「なあ」
「ん?」
そんなヘレンを見ていたら、彼女の方から声をかけてきた。
「アタイの前のもこの型に入れて作ってたのか?」
「いや、お前のを作るときは俺が叩いて延ばして作った」
「なんか違うのか?」
「あー……そうだな。叩いた方が魔力を篭めやすいんだ」
俺は少し迷ったが、正直に話すことにした。
「へぇ、エイゾウはそんなこともできるのか」
「ああ。リケもちょっと出来るぞ」
俺がそう言うと、リケがフンっと力こぶを作った。彼女は見た目の幼さとは裏腹に結構いいガタイをしているので、そこそこの迫力がある。
比率で言えば可愛いのほうが遙かに高いが。7:3ってとこか。もちろん可愛いほうが7だ。
「でも、良かったのかよ」
「何がだ?」
「アタイに教えちまって」
「家族だから良いんだよ」
そう、ヘレンはもう家族だ。まだ家族になって1週間くらいしか経ってはいないが、それでも家族には違いない。
俺がニヤッと笑うと、ヘレンは真っ赤になって俯いた。ヘレンくらい美人なら言い寄ってくる男の1人や2人いただろうに、男の仕草一つ一つが珍しいのか反応が過敏だ。
「私が来た当初を思い出すわね」
その様子を見たディアナが混ぜっ返す。男兄弟が多かったからか、そんなにウブでも無かったように記憶しているが、それを言うとめちゃくちゃ拗ねそうなので黙っておこう。
「ほれほれ、仕事だ仕事だ」
俺が促して、各々自分の仕事に戻っていった。俺ももう一度鋼に取り掛かる。
そうして、アポイタカラよりも少しだけ分厚くて小さい鋼の板が4枚出来た。
そのうちの2枚を取って、アポイタカラを挟み込み、まとめてヤットコで掴んで火床に入れた。鋼どうしをくっつけるならホウ砂なんかを用意しないといけないのだが、今回はなしで頑張ってみるのだ。
アポイタカラの加工温度はレンジが狭いだけで、鋼の加工温度と重なるところがある。そのギリギリのところを見極める。
1回叩くごとに延びる量が鉄とアポイタカラでは違うので、その差分も織り込んで加工していかなくてはいけない。腕の見せどころだな。チートを使って、なのが忸怩たる思いではあるが。
火床から取り出して鎚で叩く。間にアポイタカラが挟まっているからだろう、鋼単体とも違う手応えが返ってくる。
鋼の温度が若干下がりにくいのが功を奏してか、アポイタカラの温度も下がりにくいので、思ったよりは加工できる時間が長く取れる。
長い、とは言っても短いその間に出来る限り加工を施していく。鋼の方にも十分に魔力が行き渡るようにだ。
間に異素材が挟まっていることの不利は大きくは感じない。チートさまさまだ。
間に昼飯を挟んで、夕方になる頃にようやっと思った長さにまで加工できた。出来たのは2本。もちろん両方とも同じ長さで同じ重さだ。
2つを軽く手で叩いてみる。鋼を叩いた時とは若干違う音……のように感じるがどうだろう。気のせいかも知れない。
これで形を整えて研ぎ出せば、一旦は完了になるだろう。そいつは翌日のお楽しみと言うことにして、この日は作業を終えた。