「アポイタカラ……?聞いたことないな。ミスリルなんかとは違うのか?」
ピンときていないヘレンが首をかしげる。
「ああ。
歴戦の傭兵であればある程度の鉱物……というか素材についての知識も持っているようだが、アポイタカラは知らないのか。
まぁ、北方の鉱物と言えば、ヒヒイロカネだろうからな。
「軽くて強い。オリハルコンやアダマンタイトと比べるとどうかな。使うのは一部分だし、驚くほどは変わらないかも知れない」
「それでも変わるんだろ?」
「そうだな。振った感じは同じかも知れないが、一番違うところは……」
「一番違うのは?」
「光る」
「は?」
「アポイタカラは青く光るんだよ」
「そ、そうなのか?」
「あんまり意味はないみたいだけどな」
どうもゴースト系の魔物に有効ではあるらしい(とインストールに該当があった)のだが、出くわす機会はほとんどないだろうし、飾り以上の意味が発揮できることは稀だろうな。
「と言うことで、作り直すからもうちょっと待ってくれな」
「アタイはそれでいいけど……」
「けど、どうした?」
「いいのか?高いんだろ?」
「家族に渡すものだし、半分は俺の趣味みたいなもんだしな。気にしなくていい」
「なら、いいけどよ」
聞いたこともない鉱物が高い、と言うことくらいは推測できるか。うちにある分で金貨2枚(払ったのは1枚だが)もすると思ってるかどうかはわからないが。
「ああ、家族と言えばだ」
俺は昨日作って鍛冶場においてあったナイフをヘレンに差し出す。
「こいつもやるよ」
「いいのか?」
「うちの家族はクルルを除いてみんな持ってる」
俺がそう言うと、みんな懐からナイフを取り出して見せた。4人が一斉にナイフを取り出す絵面は、普通の人が見ればちょっと怖いかも知れない。
でも、うちの家族であることの証明の品にはなっている。
すると、ヘレンは俺の前に跪いた。さながら叙勲される騎士のようだ。
「ありがたく頂戴いたします」
「お、おう……」
俺は呆然とするよりなかった。ヘレンはニヤッと笑って俺が差し出したナイフを恭しく受け取った。
「アタイもお偉いさんに謁見するときはあったからな。驚いたろ?」
「驚いたどころじゃないよ」
俺は驚いたままの顔でヘレンに返事をした。俺が驚いたのは純粋に驚いたのもあるが、もしかして出生に気がついているんじゃないかと思ったのもある。
様子を窺ってみるとそれはなさそうだが、こっちの理由を口にするわけにもいかないので苦笑してごまかすことにする。
「あんまり驚かすなよ。俺の寿命が縮んでしまう」
「それは世界の損失ですよ親方! 親方には1つでも多く作っていただかないと!」
リケが大声でそう言って、あたりが笑顔に包まれた。この家族なら、何があっても大丈夫そうな気がする。
根拠はないが、俺はなんとなしにそう思った。
2回柏手を打って、神棚のところに置いてあるアポイタカラをそっと持ち上げる。
やはり、大きさの割にはずいぶんと軽い。全部使うのなら炉に放り込むところだが、割るので一旦火床の方に入れて熱する。
やがて温度が上がってきて、なんとか加工ができるところまでいったので、タガネを使って切れ目を入れる。
そうしたら金床に置いて、切れ目のところで折れ曲がるように鎚で叩いていく。かなり力を入れて叩くがなかなか曲がらない。
結構な時間をかけてなんとか曲げたあと、その逆側にも曲げる、というのを繰り返し、苦労しつつ適量を割って切り出した。このあたりの感覚はチートに任せている。
しかし、タガネで切り出すだけでもなかなか骨が折れる。鉄の切りにくさを1とするならアポイタカラは10くらいあるような気がする。普通の鍛冶屋では手も足も出ないのではなかろうか。
産出量が少ないこともあるだろうが、加工のしにくさもあまり世間に出回らない理由なんだろうな。
結局、この日は切り出しまでで終わってしまった。
なお、その日の寝る直前になって
「炉で溶かして必要な量だけ分けて固めればよかったんじゃないか?」
と気がついたが、それはまた別の話である。