「なるほど……」
俺は広げられた破片を前に唸る。
「それで、どの程度の修復をご依頼でしょうか」
元のまま、完全に分からないほどの修復なのか、形さえ同じであれば良いのか。後者なら明日にもできるかも知れないが、前者なら苦労することは明らかだ。前の世界であったフレスコ画の修復のようなことにはしないが。
「勿論、完全に元の通りにしていただけるなら、それに越したことはありません」
鈴の鳴るような、という形容が正しく似合う声で、依頼者の女性は言う。
「ですが、それが不可能であれば、可能な限りでも構いません」
つまり、俺にできる限界まではやってほしいということだ。実際には大したキャリアではないが、そう言われると職人の血が騒ぐのも確かである。
「あともう1つ、ここへはお1人で来られたんですね?」
「ええ。1人です」
サーミャがいないから詳しくは分からないが、少なくとも周囲に気配はなさそうに思うし、嘘もついてなさそうだ。あの条件は一から作る時の場合の話でもあるから、とりあえずは良いか。
受けようかどうか考えていると、女性は少し早口で
「あの、道中で身隠しの魔法を使いましたけど、それではいけなかったでしょうか?」
と聞いてくる。俺が考えているのを、1人で来た、というほうだと思ったらしい。身隠しの魔法なんかあるんだな。
「いえ、手段はともかく、お1人で来られたなら問題はないですよ」
俺は微笑んで答えた。あれもそんなに厳密なつもりはないからなぁ……。それを聞いた女性は心底ホッとした様子である。
「それではこのご依頼お引き受けいたします」
「本当ですか!?」
ガタンと立ち上がって大声を出す女性。今結構な音量だったな。
「あ、す、すみません……」
打って変わってシオシオと椅子に座り直す。一瞬だったが、たぶん今のが地なんだろう。そうでないと、こんなところに来ようとは思わないだろうしなぁ。
「いえ、お気になさらず。それで、いつ頃までに完成させればよろしいでしょうか?」
「早ければありがたいですが、遅くても2週間ほどでお願いできますか?」
「分かりました」
2週間か。それなら割といいところまで持っていけるようには思う。
「あの、それでですね、大変申し訳無いんですが、修復の間は毎日様子を見せていただきたいんです」
「と言うと?」
「エイゾウさんを信用しないわけではないんですが、ものがものですので、万が一があると……」
「ああ、なるほど」
ミスリルであるのも勿論そうだが、パッと見に由緒のありそうなものでもある。万が一にも俺がこれを持って逐電でもしてしまうと、大変なことになるのは火床の火を見るより明らかだ。
「それは構わないんですけど、毎日通うの大変じゃないですか?」
「いえ、この庭の一角を貸していただければ大丈夫です」
当然といった風に言ってくるが、家のそばとは言え、森の中で女性が寝泊まりって問題なくはなかろうか。盗賊の類はいないだろうが、狼や熊は普通にいる。
「この辺り、凶暴な獣も出ますよ?」
「え、この家の周囲の魔力の濃さなら多分近づいてこないですよ?」
「え?」
初耳である。そういえばうちには魔法関連に詳しいのがいない。
「"黒の森"は魔力が特に多い土地ですが、この家のあたりは特に魔力が濃くて、それで木が生えてないんですよ。それで、そういうところは普通の獣なんかは近づかないんです。ご存知でこの場所を選んでらっしゃると思って感心していたのですが……」
「いえ、全く知りませんでした」
そもそも選択の余地はなかったのもあるしな。しかし、どうりで狼がたまたま通ったり、リスが材木でくつろいでたりといったことがないわけだ。
「私がこの場所を聞いたのも、貴方の打ったミスリルのレイピアを見て、魔力を綺麗に織り込む技術があると確信してのことですが、もしかしてそれも……」
「職人の勘です」
チートです、とは言えないからな。とはいえ、意識して打っていたわけでもない。それを聞いた女性はガクンと肩を落としている。すまんな。
しかし、これで2つのことがわかった。このエルフの人がここに来たのは、俺が打ったレイピアをおそらくは納品して2~3日以内に見て、その後カミロのところに行き、うちの場所を聞いてだろうということ。
もう1つは、俺の打った特注モデルの性能と、都で同じことをしても何故ダメだったのかの理由だ。この人の言うことから考えると、魔力を織り込んで作った製品はより強くなる、ということなのだろう。この場所の魔力が強いから、存分に魔力を篭めることができるが、都だと魔力が薄くて十分に篭めることができなかったのが、あのとき起こったことだ、と推測できる。十分に魔力を含んだ俺のナイフを混ぜることで、上手くいったのだと考えれば、全ての話の辻褄が合う。
「その話は一旦置いておいて、大丈夫だとしても、女性を外に置いておくわけにもいきませんし、幸いうちには客間があります。何かと不便もあるかと思いますが、そちらにご滞在ください」
肩を落としていた女性は少しは立ち直ったのか、その言葉を聞いて
「よろしいのですか? 奥方が3人もいらっしゃるのでしょう?」
「……家族は女性が3人いますが、妻はおりませんので、どうぞご遠慮なく」
この情報の出処はカミロだな。今度会ったら覚えとけよ。
「では、お言葉に甘えまして」
エルフの女性は少し戸惑っているようだったが、やがて頭を下げた。ヘレンは遠くに出かけるっていってたし、しばらくは来客もないと思うから大丈夫だろう。
そこにカランコロンと作業場の鳴子が鳴った。サーミャとディアナが帰ってきたのだ。二人にどう説明したものかと思いながら、俺は家に通じる扉を見やった。