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依頼者

 特殊な内容がちょっとあった以外は、いつもどおりの取引だ。番頭さんがうちの荷車に積み込む内容を伝えに部屋を出る。


「ああ、それでハルバード5本だが」

「どうなった?」

「"伯爵閣下"に快くご購入いただけたよ」

「まぁ、買わないとはあんまり思ってなかったが」

「それで、"伯爵閣下"からのご依頼なんだが」

「ほほう。なんだ?」

「あのハルバードをもう3本ほど売ってほしいらしい。屋敷の衛兵に持たせるんだと」

「なるほど。承った」


 特注モデルの製作依頼なら本人にうちまで来てもらう必要があるが、そうでないなら単に依頼を受けるだけだ。帰ったら忘れないうちに作ってしまおう。

 その後は、いつもどおり世の中の情勢についてなんかの話だ。今のところ、俺が世間の動きの話を聞く唯一の機会である。前の世界ではインターネットで世界の裏側の暴動の話をキャッチできていたことを考えると、たった1人から週に一度限られた地域の話を聞いているだけ、というのは落差が凄いな。何か他にもそれなりの手段を確保したほうが良いのだろうか。急ぎではないから、ゆっくり探っていくとしよう。


 特にどこかで大きな戦争があるとか、大きな討伐(ドラゴンとか巨鬼オーガとかだ)のための出兵があるとかいった話はないようなので、俺に急ぎで数打ちの用命はなさそうだ。あっても受けるかどうかは別だが。

 ただ、確定情報ではないものの、きな臭い話と言うか、辺境域で小規模な魔物との小競り合いや、国境や水利権を争う小競り合いなんかは発生したり、しそうだったりするそうだ。いずれも大規模にならなければいいが。


 カミロの店を出て街の入口を通り過ぎる、そういえば、立ち番の人はハルバードをまだ装備してないが、訓練にも相応の時間がかかる。すぐには配備できなかったのだろう。再び会釈だけして通り過ぎた。

 街道でも森でも特に大きな事は起こっていない。警戒は常にしているが、いつもどおりのんびりしたものである。そのまま家について、みんなで荷物を運び入れ、今日の街へ行く目的は完了した。


 翌日からは鍛冶の仕事だ。板金を作り、俺はハルバードを、リケたちはその他の武器を製作する。ハルバードは以前も作ったし、さして苦労なく3本を作りあげた。

 ここまでにかかった時間はおおよそ2日半、3日目にあたる今日は、残り半日が空いている。屋敷の衛兵に持たせるという話だったので、空いた半日でハルバードに彫刻を施していく。

 前にミスリルに彫刻を入れるため、タガネを強化したのが功を奏したのか、スイスイと彫刻を施すことができ、3本のハルバードは完成した。儀仗用に使うにはいささか無骨に過ぎるが、屋敷の衛兵が門を守るために持つには、十分にハッタリが利いている。


 注文品の製作を終えたので、翌日からはカミロの店に卸す品の製作に移る。リケは引き続き一般モデルの製作、サーミャとディアナは狩りに出かける。肉は十分にあるから、半分は森のパトロールのようなものだろう。そうして"いつも"の日常が始まった。


 明日はサーミャたちが狩りを休むだろうから、今日はナイフの方を製作する。俺とリケでそれぞれ板金を熱して叩き、ナイフを作っていく。鍛冶場にゆったりとした炎の音と規則的な槌の音が響く。合間に焼入れの時のジュウッという音や、シュリシュリという研ぐ時の音が交じる。昼飯を挟んでそれを夕方前まで続けたのち、はやってきた。


 ある種の音楽のように響いていた音に、別の音が混じる。それは作業場兼売り場の扉をノックする音だ。ヘレンの時のように遠慮のない感じではなく、おずおずといった感じだ。いや、ヘレンの扉が壊れるかと思うようなノックと比べたら、大概が大人しいことになってしまうな。


「はいはい、今行きますよ」


 俺は「どっこいしょ」と立ち上がり、扉に向かう。声が聞こえたのか、ノックの音は止んだ。


 扉の閂を外して開けると、そこには女性が立っている。リケよりも背は高いが、サーミャよりは少し低い。全体的にほっそりとした体型を旅装に包んでいる。切れ長の目に肩あたりで切りそろえられた白銀色の細い髪も印象的ではあるが、何より目を引いたのはその耳だ。細く長く尖った耳。

 俺の前の世界で得た知識と、インストールでの知識が同じ答えを返してくる。彼女はエルフだ。


 エルフの彼女は細い声で言う。


「こちらがエイゾウさんの工房で間違いないですか?」

「ええ、ここが私、エイゾウの工房です」

「良かった。お願いしたいことがございまして参りました」

「なるほど。ここではなんですから、どうぞ中へ」

「はい。ありがとうございます」


 俺は彼女を中に案内する。彼女は素直に従って入ってきた。リケが手を止めてこちらの様子を窺っているので、俺は大丈夫だと手振りで合図して、水で割ったワインを持ってきてもらうよう頼んだ。


「どうぞそちらにおかけください」


 エルフの女性は頷くと、荷物をおろし、スッと音も立てずに椅子(丸太だが)に座る。一応簡単なテーブルもしつらえてあり、そこにリケが持ってきた飲み物をそっと置くと、女性は軽く頭を下げて感謝を示した。


「それで、私に頼みたいこととは?」

「これです」


 下ろした荷物の中から布で包まれたものを取り出し、テーブルに広げた。俺は中に包まっていたものを見て目を見張る。


「貴方には、こちらを修復していただきたいのです」


 女性は乞うような目でこちらを見て言った。


 テーブルの上には、いくつもの破片になった、ミスリルの剣が置かれていた。

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