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納品前の"いつも"

 レイピア本体が完成した翌日、鞘がまだできていないので、鞘を作ることにした。特に指定がなかったし、とりあえずで作って気に入らなかったら別にあつらえてもらうことにしよう。リケ達は今日も一般モデルの作成だ。


 外の材木置場から適当な長さの板を2枚切り出して、作業場に持っていく。後の作業は今までの鞘づくりと変わらない。型を取って大まかに切り出し、張り合わせて、削る。今回は鞘の先端と、日本刀の鞘で言うところの"鯉口"の部分に鋼の板で補強を入れてみた。見た目には白木の鞘に補強が入っているような感じだ。凝るならここに鹿の皮でも張ったり、彫刻を入れたりするのだろうが、今回はこのまま納品することにした。


 鞘1本程度を作るなら大して時間はかからない。ましてや今回のは「間に合わせ」の鞘だしな。残りの時間は一般モデルの作成途中のもの――型から取り出しただけのショートソードやロングソードをいくらか分けてもらって、高級モデルの製作にかかる。こうやって見てみると、以前に見たときよりもサーミャが鋳造したのも、ディアナが鋳造したのも、どちらも品質が上がっている。以前よりも一般モデルは勿論、高級モデルにするための労力が少なくて済みそうだ。

 2日ほどかなり集中して剣を打っていたからか、ついつい集中してすべてのムラを消しこんでしまいそうになる。だが、それをしてしまうと特注モデルになってしまう。「作りたいものを作って世に出す」ことに躊躇はないが、それとこれとは話が違うのだ。そもそも1本金貨1枚はする代物(値段は俺の気分次第ではあるが)が、おいそれと売れるわけもないので、当面は高級モデルがこの工房の量産品としては最高級となる。

 想像通り、元の型から出たばかりの品が良かったので、早くに高級モデルが仕上がった。そのうちディアナにも、もうちょっとだけ鎚を持たせても良いかもなぁ。この日も十分な数の在庫が確保できた。この調子なら明日ナイフをつくれば、卸に行くのに十分な数を確保できそうだ。明後日は久しぶりにゆっくりと休みにしても良いかも知れない。前の休みの後、エイムール家のいざこざがあって全然休めてなかったからな。ミスリル製のレイピアの作成は色々と大変だったし、ちょっと休みたい。

 そして、その日の夕食のときに翌々日を休暇にする提案をすると、満場一致で可決された。


 翌日は休みに備えてか、サーミャとディアナが狩りに連れ立っていった。ディアナは最初こそ帰ってきたら完全にバテていたが、ここ何回かは帰ってきてからもまだ余裕が残っている。森の中を歩いて走ってだから、さぞかし体力がついていることだろうなぁ。

 それは日々の稽古にも顕れていて、日々少しずつではあるが、前より俺の打ち込みに対応できる時間が延びてきている。詳しくはわからないが今のままでも、もしかしたら普通の兵士程度であれば、体力を尽きさせて勝つことができるかも知れない。このまま行けばこの地域一もあるかも知れないなぁ……。


 俺とリケの鍛冶場組はナイフの製造に取り掛かる。リケが一般モデル、俺が高級モデルである。ここらはほぼ流れ作業のようなもので、お互いにサクサクとナイフを作っていく。心なしかリケの製作速度が上がっているようにも思う。流石に俺の速度には勝てないが、割といい勝負ができそうなタイミングもあった。みんな少しずつ腕を上げてきているんだなぁ。


 そのスピードで黙々と作り続けたので、卸すには十分すぎるほどの数を確保でき、夕方前にはその日の作業を終えることができた。そこへ、鍛冶場の鳴子が鳴ってサーミャとディアナの帰宅を教えてくれる。


「お、丁度良かったな」

「そうですね。私ここ片しちゃいますね」

「おう、頼む」


 俺とリケはテキパキと鍛冶場を片付けて、家に戻る。そこには帰ったばかりのサーミャとディアナが弓矢を含む荷物を下ろしているところだった。


「おかえり。どうだった?」

「ただいま。おう、大物の鹿を仕留めたぜ」

「そうか、それは明日引き上げるのが楽しみだな」

「おう、期待しててくれ!」


 サーミャが胸を張って得意そうにしている。一方、ディアナは少しほうけたような感じになっている。ほわほわとした光を顔を中心に纏っているような、と言えば分かるだろうか。


「おい、サーミャ。ディアナはどうしたんだあれ」

「ああ、あれな……」


 サーミャはやれやれと言った感じでため息をつく。


「鹿を仕留めてはらわたを抜いてるときに、狼の親子と出くわしてな。子狼も一緒にいたもんで、それが可愛いって言ってからずっとああなんだよ」

「ああ、なるほどな……」


 パタパタと尻尾を振る子犬のような子狼の姿を想像してしまうと、そりゃ可愛さでメロメロになるのも頷ける。


「その親子はどうしたんだ?」

「抜いた腸をやったら咥えてどっか行ったよ。アタシたちが狩りしてるの知ってて待ってたんだなあれは」


 サーミャは「心臓はちゃんと埋めたけど」と続ける。つくづくこの森の狼は賢いな。しかし、この様子だとディアナは上手いこと餌付けしたら飼えるかも知れないって知ったら、飼うと言って聞かないだろうな……。それだけは耳に入れないようにせねばいかん。の子を見つけてしまった場合はともかくとして、そうでない子はちゃんと親がいるしな。俺とサーミャは視線だけでそれを伝え合い、お互いに頷くのだった。

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