ミスリル製レイピアの刀身は完成したが、これを世に出す、ということについては若干の躊躇がある。これ1本で世の中が大きく変わるとは思っていない。そこらの鍛冶屋が打った数打ちのショートソードであっても、それで100人から襲いかかられたら、さすがに無事では済まないだろう。
だがしかし、これで例えば道を塞ぐ岩を砕くことができるとなれば(そしてそれは可能だろうと思う)、通れなかった道を通ることができるようになり、それは戦の結果を大きく左右しうる、ということである。
それを世に出してしまっていいのだろうか。ヘレンのショートソードは材質自体はただの鋼だったし、エイムール家の家宝になった剣も材質もあるが、滅多に外に出る品ではない。
作ったのはレイピアだから、おそらくは戦場の最前線で積極的に活用されるものではないと思うから今回はいいと判断したとしても、今後もこういうものを作るたびにいちいち悩むのか、という話はある。そろそろこの話には決着をつけないといけないだろうな。
「なぁ、みんな」
「なんだ、エイゾウ」
「なんでしょう、親方」
「なぁに、エイゾウ」
俺が話しかけると、三者三様に返事をしてくれる。
「俺はこいつを世に出していいんだろうか。これは下手をしたら色々なところに災いを招くかも知れない。折れず、曲がらず、しかして切れる。切れ味はとどまるところを知らず、岩をも砕くだろう。そんなものを世に出してしまうのが、俺は正直怖い。その先にあるものを、俺は果たして背負いきれるだろうか。俺はそれが不安で不安でたまらないんだ」
俺は素直に今の心境を打ち明ける。40を超えた大の男が、とは自分でも思うが、これ以上は俺が耐えられそうにない。
そんな俺を3人はじっと見ていた。誰か俺を見限ってここから出ていくかも知れない。そうなったらそうなっただ。俺の器はそこまでだったということでしかない。
庭に静寂が訪れる。再び聞こえるのは風の渡る音だけだ。
「ふふっ」
次に俺が耳にしたのは笑い声だった。
「エイゾウも人間だったのねぇ。凄いものを作るから、そんなことには無頓着なのかと思ってたわ」
ディアナが微笑みながら言う。
「私も親方は人間離れしてらっしゃるので、気にしないかと思ってました。そういうのは使い手の問題で、作る方は気にすることじゃないですよ。私はそう教わってきましたし、鍛冶屋は大体みんなそうです。親方くらい凄いものを作るとなると、気をつけたくなる気持ちは分かりますけどね」
リケもニコニコしている。
「そうそう。作ったものが護国の剣となるか、侵略の
「どうしてもエイゾウには重い、ってんならアタシたちにも担がせてくれよ。"家族"なんだろ」
サーミャが肩をバシバシ叩きながら言ってくる。その痛みも不思議と心地良い。
「みんな、すまんな。ありがとう」
俺はみんなに頭を深く下げて、目からこぼれ落ちるものをそっと拭う。その頭を誰かがそっと抱いてくれる。すると、今度は足元に抱きつかれ、続いて後ろから抱きすくめる感触があった。
森の中の4人家族は、しばらく1つの塊になっているのだった。
「よし!」
俺は頭を上げると、パン!と自分の頬を張った。もう迷わない。俺のこの世界での仕事は作りたいものを作って、それを世に出すことで、誰かのためになることだ。
「おっ、いい顔になったな、エイゾウ」
「俺はもともと格好いいだろ」
「えっ」
「えっ」
そして4人で笑う。この家族なら大丈夫。やっていける。
「今日はこの辺にして飯にしよう」
「やった。飯だ飯だ!」
「こらサーミャ! はしたないって言ってるでしょ!」
はしゃぐサーミャをリケが嗜め、ディアナが微笑ましそうに見ている、いつもどおりの光景が戻ってくる。俺は晴れ晴れとした気分でその光景を眺めていた。
翌日は鍔と護拳を作る。ここはミスリルにはせずに鋼にしておく。レイピアの鍔は籠型というか、複雑な曲線の組み合わせでできていて、ミスリルで加工するには難しいし、曲線の一本一本は細いので、さすがのミスリルと言えども激しく使えば歪みが出るかもしれないことを考えれば交換ができたほうが良いだろう、との考えからだ。
鋼なら細工師に頼めば高いが作ってもらえるだろうし、俺の手を離れた後も大丈夫だろう。今日はリケたちは一般モデルの製作で、見学はしない。
全体の作業を開始する前に、刀身の根元で、鍔で隠れる部分に、我が工房のマークである"座っている太めの猫"をタガネで彫り込む。タガネはミスリルに負けないように、焼入れと研ぎ直しをしておいたので、多少力は必要だったが、なんとか彫刻することができた。
板金を熱して細い棒状にしていく。昨日はミスリルの加工を一日中していたので、やけに加工しやすいように感じる。チートも活用はしているが、それでもかなり速いペースで細い棒ができる。
それをある程度の長さで切って、∫や§のような形にしていく。そのあと、それらを組み合わせて球状にする。イメージ的には前の世界の公園にあった“地球儀”の遊具みたいな感じである。……あれも俺が向こうの世界からいなくなる頃には大分減ってたな。
ともあれ、そのような感じで刀身の根元から、握りを握った手がガードされるように組み合わせた籠のような護拳を完成させた。
護拳部が完成したので、それに組み合わせる鍔を作成する。護拳の棒の太さと同じような太さの棒を作り、それの両端を球状にする。鍔が出来たら護拳に組み合わせて一旦は手元が完成した。
手元の部品を組み合わせる前に、革を握りに巻いていき、柄頭に留めて握りを仕上げた。これを先にしておかないと護拳で面倒くさいからな……。握りもできたので、鍔と護拳を刀身に組み合わせる。
組み上がってみると、優美としか言いようのない細剣が出来上がった。これならどこに出しても恥ずかしくない出来だ。
そして、俺はこれを世に出すかどうか、もう迷いはしなかった。