ヘレンと別れた俺たちは、そのままカミロの店に向かう。卸す商品の種類が1つ増えてはいるが、手順自体は変わらない。倉庫に荷車を入れて倉庫番の人に挨拶をすると、2階に上がって商談室へ行く。
そのまましばらく待っていると、カミロと番頭さんがやってきた。
「よう。調子はどうだい」
「まぁまぁだな。伯爵家出入りってことで信用が増えた分、商いも大きくなり始めてはいるよ」
「おお、良かったじゃないか」
マリウスにとってはどうだったかは分からないが、少なくともカミロにはいい結果になっているようだ。
「今日持ってきたのはいつものか?」
「いつものと、ハルバードを5本ばかり持ってきた」
「ハルバード? なんでまた?」
「この街の衛兵さん用に、"伯爵閣下"に売りつけてほしいんだよ」
「ああ、なるほどな」
「いけるか?」
「大丈夫だろ。回す先は他にもあるし、うちで買い取るよ」
「そうしてもらえると助かる」
これで商談成立だ。俺もカミロもマリウスが買わないとは思ってないが、万が一買わないとなっても、売る先があるならいい。
「それで今度はこっちの話だが」
カミロは少し声を潜めた。
「変わった鉱石が欲しいって言ってただろ?」
「ああ。見つかったのか?」
「まぁね。まだ情報だけで入手はしてないが、"閣下"からの情報では、北方から流れてきた"アポイタカラ"が都の方にあるらしい。要るんなら押さえとくぞ」
「いいね。押さえといてもらっていいか?」
「分かった。手遅れだった時はすまないが」
「見つかっただけでも十分だよ。それで、いくらになるんだ?」
「金貨3枚」
「それはまた、なかなか値の張る話だな」
俺はヘレンの剣を打ったときの金と、こないだのエイムール家騒動の褒賞金で買えるから良いが、普通の鍛冶屋がおいそれと買えるような値段ではない。
「だが、それを金貨2枚にまけてやる方法がある」
「面倒事はごめんだぞ」
「なに、そんな面倒くさいことにはならんさ。伯爵閣下とは別のルートから
「なるほど、それの加工賃か」
「そういうことだ」
原材料費抜きで加工賃で金貨1枚、なら悪い話ではない。ミスリルを扱う機会までついてくるわけだし。
「うちの工房の刻印を目立たないところに入れるのは大丈夫か?」
「ああ、それは問題ない」
「よし、引き受けた」
「じゃあ、そういうことで」
カミロが番頭さんに目線を送ると、番頭さんは頷いて部屋を出ていった。その後は都の様子や、よその街の様子なんかの話をしていると、荷物の積み込みが終わったので、俺達も部屋を出て、そのまま倉庫の荷車を引き取って家に帰る。帰りは行きとは違う衛兵さんが立ち番をしていたので、会釈だけして通り過ぎた。
帰りの街道は行きよりも緊張の度合いが大きい。ミスリルを積んでいるからな。4人もいて、護衛の2人も手練ではあるが、高価な素材は緊張するなと言われても無理だ。小物でも高価な素材があると分かれば、一攫千金を狙ってくることは十分ありえる。なるべくはいつも通りを心がけたい。
時折カサコソと茂みが音を立てるが、サーミャ曰くはどれも「風か小動物」とのことで、森に入るまで何事も起こらず、俺はほっと胸を撫で下ろした。正直、野盗に警戒しないといけない街道よりも、気をつけないといけないのが熊くらいである森のほうが気が楽だ。
結局のところ、特に何事もなく家に帰り着く。いつもの通り、食材なんかをサーミャとディアナに運び込んでもらい、鉄石と炭、ミスリルは俺とリケだ。ミスリルは銀色に輝いてはいるが、見た目は他の金属と大きく違うようには感じない。ちゃんと加工すれば薄く光るそうなのだが、今はそんなこともない。とりあえず今日は運び込むだけにしておいた。
翌日、ミスリルが気にはなるが、1週間分の板金を作るほうが先なので、まずはそれから処理してしまう。4人で手分けして作業をしたので、結構な数を補充できた。
そして更に翌日、いよいよミスリルの鍛造に取り掛かる。ミスリルの鍛造となると、そうそうあることでもないので、リケは半分手伝い、半分見学、サーミャとディアナは見学である。
ミスリルをヤットコで掴むと、火を入れた火床で温度を上げていく。普通の銀だと鉄が加工できる温度まで上げると融けてしまうが、ミスリルは全くそんな様子もない。チートで加工可能な温度に達したことを見極めたら、金床においてハンマーで一打ちする。鉄とは違う、ガラスを叩いたときのような澄んだ音が鍛冶場に響く。普通の鋼ならこの一打ちでもそこそこ変形してくれるのだが、ミスリルは思いの外変形してくれない。
「これは厄介だな」
「親方の鎚でも難しいですか」
「ああ。ほとんど変わってない。加工賃もう少し分捕っとくんだった」
俺がそうボヤくと3人がクスクスと笑う。それを聞きながら4~5度叩くが、もうそこで加工できる温度を下回った。俺は再び火床に突っ込む。
「これは大分手こずりそうだぞ」
「ミスリルですからねぇ。普通の鍛冶屋の手に負えるものじゃないですし」
「そりゃあそうなんだが」
今まで鋼をヒョイヒョイと加工していたことを考えると、この手こずりようはなかなか歯がゆいものがある。
そうは言っても着実に加工していくしかない。俺は火床から取り出したミスリルに再び鎚を振り下ろすのだった。