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お手入れは大事

「刃こぼれや歪みはほぼ無いし、向こう半年くらいは大丈夫だと思うが、一応直しておこう」


 握手をしたまま、俺はヘレンに声を掛ける。


「ああ、よろしくな」

「じゃ、直しちまうから、ちょっと待っててくれな」

「なぁ」

「ん?」


 ヘレンがおずおずと声をかけてくる。剛毅一筋かと思っていたが、そうでないこともあるらしい。


「直してるの見てちゃダメか?」

「いや、別に構わんが」


 作業を見て理解できるとも思えないが、それくらいのことなら別に断るほどのことでもない。火を使う時は危ない(場合によっては1000℃近いし)から遠慮してもらう必要があるかも知れないが、研ぎとこのくらいの歪みの直しなら火は使わないからな。逆に火を使って焼入れやら焼戻しやらの意味がなくなる方が怖い。


「よっしゃ! ありがとな!」


 バンバン背中を叩いてくる。やっぱり剛毅だな。女傑という言葉がよく似合う。


「親方、私も見ていいですか?」

「ああ、勿論」


 リケも見学を希望したので、快諾する。むしろリケの場合はちゃんと見ておいてくれたほうが良い。多分それが分かってて、言いだしたのだとは思うが。


 まずは歪みをとる。と言ってもそんなに大きく歪んでもいないので、金床に置いて叩くだけだ。チートの力でどこをどれくらい叩けば歪みが戻るのかがわかるので、慎重に叩いていく。普段の鍛冶仕事とは違った、静かに澄んだ音が響いた。

 1本目の作業を終えると、俺は剣をヘレンに渡す。


「ちょっと具合を見てくれ」

「あいよ」


 ヘレンは剣を受け取ると、少し離れたところで振り回す。危なかっしい感じが一切ないのは、彼女の剣の腕前なんだろう。


「お、おおー!?」


 ヘレンが驚きの声を上げた。


「すげぇよエイゾウ! 最初と同じくらい馴染んでる!」

「あの程度の歪みを直したからって、それでちゃんと分かるお前も凄いよ」


 これは包み隠さない正直なところだ。熟練した職人の指は数ミクロンの誤差も分かると言うが、それと同じものを感じる。


「じゃあ、それで問題ないんだな?」

「勿論さ! 新品みたいだ!」


 返ってきた剣を再度見れば、本人が言う通り、相当使い込んでいるのだろう、柄の革巻きに何度か巻き直した跡がある。


「ついでに革巻きもこっちで直すか?」

「いや、そっちはアタイの手に馴染んでるからいいよ。そうなるように巻いてるし」

「じゃあ、刀身のところだけ直すよ」

「ああ」


 俺はもう1本の歪みも慎重に直していく。静かな鍛冶場に再び澄んだ鎚の音が響いている。リケもヘレンも自分の呼吸音が作業の邪魔になるとでも思っているかのように、息を潜めてじっと作業を見ている。


「なぁ、ヘレン」

「ん?」

「見てて楽しいか?」

「うん。見てると職人だなぁって感じがする」

「いや、紛れもなく鍛冶職人だぞ、俺は」


 鍛冶屋はなりたてに近いけどな。


「それは分かってんだけど、アタイの父ちゃんが職人で、色々作るの見てたから」

「へぇ。何の職人だったんだ」

「馬具職人。アタイは色々あって家を出ちゃったけどね」

「馬具職人か。そっちも面白そうだ」


 専門職って感じがする。蹄鉄とか釘は鍛冶屋の領分だから、そのへんはやってもいいかもな。

 そんな話をしながら、少しずつ歪みをとっていく。全部の歪みを正した頃、ヘレンがぽそりと言った。


「エイゾウはアタイがなんで家出たのかって聞かないんだな」

「興味がまったくないわけじゃないけどな。女のそういう過去は基本的に聞かないことにしてんだよ」

「聞いて酷い目にあったことがあるとか?」

「かもな。昔に何食って美味かった、とかならいくらでも聞いてやるよ。よし、こっちも終わったぞ」


 今しがた直し終えた1本をヘレンに渡して具合を確かめてもらうが、問題はないようなので、次は研ぎをする。


 神経を尖らせて――とは言ってもチートの恩恵が大なるところではあるのだが――刃を研いでいく。リケもヘレンも真剣な目つきで俺の手元を注視している。やがて刃こぼれが消えたところで止めた。


「これでしばらくは平気なはずだ」


 仕上がった一本を渡す。ヘレンが仕上がりを確認していると、作業場の鳴子がカランコロンと音を立てた。


「ありゃ、もうそんな時間か」

「この鳴子はなんだ?」

「家の方の扉が開くとこっちのが鳴るんだよ」

「じゃあこっちの扉を開けたら?」

「家の方の鳴子が鳴る」

「へぇ、面白いな」

「今みたいにどっちかを空けてることもあるからな。便利だよ。多分うちの人間が帰ってきたな」


 はたして、いくらもしないうちにサーミャとディアナが作業場にやってきた。


「ただいま。あら、お客さん?」

「おかえり。ああ。前にうちで剣を作った人だよ」


 ヘレンがペコリとディアナに頭を下げる。


「あ、ヘレンじゃないか。元気してたか?」

「おう、ピンピンしてるよ」


 サーミャは前に来た時に顔合わせてるから知っている。人懐っこいやつなので挨拶も気軽だ。


「ヘレンって前に言ってた、"雷剣"のヘレン?」

「ん? ああ。そうだけど?」


 ディアナが俺に聞いたが、答えたのはヘレンだ。それを聞いたディアナの目が輝く。


「ヘレン」

「ん? なんだい? エイゾウ」

「直しの代金の代わりに、ディアナ……そこのお嬢さんと稽古してくれないか」

「お、そんなんでいいのか?」

「ああ。その間にもう一本仕上げとくよ」

「よっしゃ、じゃあ任せとけ!」

「お手柔らかにな」


 俺はいつも使っている木剣をヘレンに放り投げる。ヘレンは見事に受け取ると、ディアナと外に出ていった。ディアナが目に見えてウキウキしてたな。ヘレンってそんな有名人だったのか。《こっち》の有名人の情報はインストールの知識にはないからな。


 俺はそれを見送りながら、自分の作業に戻るべく、まだ研いでない方の剣を手にとるのだった。

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