翌日、サーミャとディアナが仕留めた、サーミャ曰く「デカい」猪を湖から引き上げた。サーミャがデカいと言うだけあって、確かにかなりの大きさだ。前の世界でも猪の体重は70kgほどあるというが、これは
皮を剥いだりして食肉にしたら、相当減るとは思うが、それでも向こう2週間は平気な量になるだろう。いつもどおり運搬台を作って引いていく。荷物は大きいが、4人だから引くのは楽だ。
戻って捌いたが、やはり相当な量の肉が確保できた。
「これならしばらくは平気だなぁ」
「また来週くらい獲ればいけるか?」
「ああ、それで十分だよ」
むしろ在庫が増えると思う。
「じゃあまた来週だな。何がいいかなぁ」
サーミャは大物が獲れて機嫌がいい。
「この森で大型の獲物は熊……はともかく、猪と鹿以外は何がいるんだ?」
「デカいのはそれくらいだなぁ。もう少し小さいのなら大狸ってのがたまにいる」
「大狸?」
「これくらいの丸っこいやつ。ちょっとかわいい顔してる」
サーミャが手で大きさを表す。70センチくらいか。たしかに狸にしてはデカいな。
「美味いの?」
「まぁまぁだな……。不味くはないけど、鹿と猪の方が数が多いし美味いから、わざわざ獲ることもない」
「なるほど。よほど他の獲物が獲れないときくらいか」
「だなぁ」
そんな会話をしながら、肉を塩漬けにしたり、干したりする。今日食べる分は勿論別だ。
この日の昼飯にはソテーした猪肉に火酒――ブランデーをかけて、塩コショウしたステーキを出したが、サーミャとリケは勿論、ディアナにも好評だったことを申し添えておこう。
午後は俺とリケは鍛冶仕事をするが、サーミャとディアナは繕い物をするらしい。大きくほころんでいるものは無いが、ちょいちょい傷んでいる部分はあるみたいだからな。
みたい、というのはもちろん下着も含むからだ。確かにそれは俺じゃできない。なので二人に任せて、俺たちは鍛冶仕事に集中する。
分担はいつもどおり、俺が高級モデルで、リケが一般モデルだ。作る速度は俺が早いが、リケは今日まで作っていた分があるので、明日も作れば十分な納品量が確保できそうである。鍛冶場に炎の音と、鎚の音が響く。真っ赤に熱された鉄をステージにして踊るように、鎚がその上を跳ね、次々と製品が形になっていくのだった。
翌日、弁当を持たせたサーミャとディアナは採集に出かけた。果物と野菜を探すらしい。俺とリケは今日も鍛冶場だ。
「リケもたまには外に出たいか?」
「どうしてです?」
「いや、リケはずっと鍛冶場仕事だろ? サーミャたちは外出てるからな」
「出たくないと言えば嘘にはなりますけど、ドワーフはこれが本分ですし、それに十分楽しいですから」
「そうか。それなら良いんだ」
「お気遣いありがとうございます、親方」
「いや……うん」
そうして2人で鍛冶仕事を始める。夕方前まででも、そこそこの数が作成できた。この調子ならいつもより多いくらいかも知れないな。明日は休みにするか。そう思ったとき、販売スペースの扉が叩かれる。かなり力強く叩いている。びっくりしているリケをその場に残して、扉に向かうと聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「エイゾウ、いるかー!」
相変わらずバカでかい声だ。
「今開けるから待て!」
俺も負けず劣らず大きな声で怒鳴り返し、扉を開ける。そこには長身で赤毛の女が、大きな刀傷があるが愛嬌もある顔に、満面の笑みを
「よっ、久しぶり!」
「よう。よく来たな。入って座れよ」
「おう、ありがとう」
女――傭兵で素早さから二つ名を“雷剣”と呼ばれるヘレンは、ズカズカと入ってドカリ、と座る。実際の音はそんなにしてないが、動きが大きいからか、動作もうるさいように感じる。俺はリケに言って、ワインを水で割ったものを、お茶代わりに用意してもらう。
「それで? 今日はなんの用なんだ? 不具合でもあったか?」
「いや、目立った不具合はないよ。ただ、アタイ今度ちょっと遠くの戦地に行くことになってね。その前に手入れとチェックをお願いしときたいなと思って」
「ああ、なるほどな」
俺はヘレンから2本のショートソードを受け取ると、刃こぼれがないか、歪みが出てないかをチェックする。
「これはだいぶ使ったか?」
「んー、あれから訓練で1週間で、その後はこの近くの野盗退治とかそういうのでウロウロしてて、合間合間にこれで丸太相手に練習したりもしたから、それなりには」
「なるほど」
刃こぼれは殆どないし、歪みもなしと言っていいレベルだが、逆に言えば多少はあるということだ。どんな膂力でどれだけ使えば俺の特注モデルをここまで傷めつけられるのだろうか。やはり実戦に出さないと分からないことってあるもんだな。
「あ、そうだ」
思いだしたかのようにヘレンは立ち上がる。
「ん? どした?」
俺は何事かと身構えた。
「その剣、アタイのイメージ通りにめちゃくちゃ頑丈だった。やたら切れるし。命を救ってもらったことも何度かある」
ほほう。するとこれで剣を受けたり、その他にも無茶な使い方はしたんだろう。それでこれだけ耐えたら十分ではあるか。材質自体はただの鋼だしな。
「礼はいくら言っても足りないが、言わせてくれ。ありがとう」
そう言ってヘレンは右手を差し出してくる。
「……これが俺の仕事だからな。やると決めた仕事はキッチリやるさ」
俺は差し出された手を握る。ギュッと握られた手が痛かったが、今はそんなことよりも、嬉しさの方が勝っている。
「親方ってほんとに素直じゃないですね」
ため息をつきつつ、笑いながらそう言うリケの言葉を無視できるくらいには。