「というわけで、今日からディアナがうちの家族になった」
都から帰ってきた俺が宣言すると、拍手が起きる。したのはサーミャとリケの2人だけではあるが、俺以外の全員でもある。異論はないようなのでホッとした。
「改めて、今日からお世話になります。ディアナ・エイムールです。よろしくお願いします」
「よろしくな、ディアナ」
「よろしくね、ディアナさん」
ディアナと2人が挨拶を交わす。一昨日くらいまで一緒に生活してたので、ぎこちなさは皆無だ。しかし、リケとディアナが気になる会話を交わしていた。
「ね、上手く行ったでしょう?」
「ええ、リケの言うとおりだったわ」
ん?
「おい、それはどういう……」
「乙女の秘密です。ね、ディアナさん」
「ねー」
ディアナはいつの間にかリケとも仲良くなっていたらしい。良いことなのだが、一抹の寂しさもあるな……。あ、そうだ。
「ディアナ、ちょっと待っててくれ」
俺はディアナに声をかけて、自室に戻り、目的のものを戸棚から取り出すと、居間に帰る。
「こいつを渡しておこう」
「これは?」
「俺の“特製”のナイフだ。うちは護身用も兼ねて1人1本持ってる。家族の証みたいなもんだ」
渡したナイフをキラキラした目で受け取るディアナ。抜いて刀身を眺めている。
「切れ味は目にしていると思うが、めちゃくちゃ切れるから、注意して扱えよ」
「分かったわ。とても綺麗ね」
「でしょう! そのナイフは、親方の作品の中でも指折りの傑作ですよ!」
なぜかリケが胸を張って自慢している。それを見たサーミャは呆れ顔で笑っている。そんな“いつも”にディアナの笑顔が加わった。俺にはそれがとても喜ばしく思えるのだった。
この日の夕食は俺が用意した。干し肉のワイン煮と無発酵パン、根菜のスープ、それにワイン。ディアナがうちの家族になったお祝いの“祝宴”である。
「やっぱり、エイゾウが作る飯が一番美味いな」
サーミャが感慨深げに言う。
「そうなのか?」
「ええ。親方がいない間の食事は持ち回りで作りましたが、親方の味を超えられたことは一回もありませんでした。私も実家の工房では作ってたんですけどね」
ディアナは目を逸らしているから、自分で料理をしたことはないんだろう。
「じゃあ、俺が戻ってきて万々歳ってとこだな」
「食事に関しては特にそうですね」
リケがクスクスと笑う。それでみんなもどっと笑い、エイムール邸の晩餐会で食べた料理の話に花が咲いた。
翌日、朝の日課である水汲みその他を終えて、朝食の時、俺は話を切り出した。
「1週間分の一般モデルの在庫はあるんだよな?」
「ええ。親方がいない間も、ずっと生産は続けてましたから」
「それじゃあ、卸す量は十分だな」
「アタシたちも手伝ったし、結構な量が作業場にあるぜ?」
「よし、じゃあ今日からは新しい部屋を作ろう。ディアナの分だ」
「いいの?」
問うてきたのはディアナである。
「良いも悪いも、家族なんだから、家族と同じ部屋のほうが良いだろ?」
「ありがとう」
「どういたしまして。ディアナにも手伝ってもらうからな」
「勿論よ」
こうして向こう一週間ほどの予定が決まった。
こまめに材木を確保していたのが功を奏した。あと2部屋作れるくらいは余裕がある。逆に言うと、2部屋作れば材木が底をつく。そこで俺はまず斧を使って家の周りの木を伐り倒して、材木を新たに確保する。ちょいちょい伐ってたから、少し庭が広くなった気がする。そのうち切り株を始末して、新しい木が生えるようにしないとな。
俺が木を伐っている間に、新しい部屋の整地と基礎の杭の作業を3人が進めていた。リケは前にやっているし、3人共普通の人よりは力があるのもあってか、前のときよりも大分進みが早い。しかし、1つ気になる点がある。
「どうして2部屋分の作業してるんだ?」
そう、どう見ても作業は2部屋分なのだ。今回はディアナの分の部屋を確保するのが目的だから、1部屋分で良いはずだ。
「どうせエイゾウのことだから、また家族が増えるだろ」
「いや、そんなことは……」
ない、と言おうとして、言いよどんだ。そもそもサーミャもリケもディアナも、全員予定にあったわけではない。となれば、何かしら予定外のことが起きて家族が増えることは十分ありえるのだから、その時にまたバタバタ増設するよりも、今2部屋作っておいたほうがいい。たしかに道理である。
「使ってない間は物置にしてもいいか……」
俺が認めると、サーミャはため息をついて作業に戻った。
それから5日間、部屋の増設の作業で過ごした。朝起きて日課を終えたら、部屋の作業、昼飯を終えたら昼からの作業をして、夕食前にディアナと稽古をして、夕食を食べたら寝る。そうして5日間を過ごしたが、部屋の増設の作業は前にやったこともあってか、スムーズに進んで、5日目にはもうほぼ完成していた。前は廊下の突き当りだったところが空いて、そこからさらに廊下が延びており、サーミャとリケの部屋と同じ見た目の部屋が2つ並んでいる。ただし、部屋の入口にはまだ扉はなく、家具も入れていない。
「できるもんだなぁ」
「そうねぇ」
ディアナは前の時には参加してないので、感慨もひとしおのようだ。
「明日は扉とベッドを入れて、それで完成だ。明後日はカミロのところに製品を卸しに行くが、ディアナも来るよな?」
「ええ、もちろん。家業なんでしょう?」
「うちは鍛冶屋だからな。獣人にドワーフ、伯爵家のお嬢さんまでいるが、あくまで頑固なおっさんがやってる鍛冶屋だよ」
「変な鍛冶屋ね」
ディアナがクスクスと笑いながら言う。
「まぁ、そこは全く否定できないな」
俺は苦笑して返した。
これもまた、うちに増えた新しい“いつも”の光景の一つだ。