みんなは俺の無事の帰宅を喜んでくれた。そんな俺はと言えば、家に帰ってきたら安心したのかどっと疲れが出たので、3人に断りを入れたうえで細かい説明は明日にさせてもらい、旅の埃を落とし、夕食を食べてすぐに床についた。
翌朝、みんなと朝食を終えた俺は、そのまま都での出来事を説明する。カレルの最期については説明するか迷ったが、ディアナも伝えていいと言うので、正直に話した。
「そう……そうなのね」
ディアナは俯いて話を聞いていたが、顔を上げるとそう言った。眉根がこれ以上無いほど寄せられている。
「カレル兄さんは、今回の件が起きるまでは、皆に優しい人だったの。幼い頃は私ともよく遊んでくれたの。父上やリオン兄さんとも、もちろんマリウス兄さんとも仲は良かったわ」
ポツポツと話すディアナ。俺たちはそれをじっと黙って聞いている。
「それがこんなことになるなんて……」
顔を手で覆ってしまうディアナ。それをリケとサーミャが慰めている。元々は家族との仲は悪くなかったのか。それが表面上だけで、実際は鬱屈したものを抱え込んでいたのか、何かのきっかけで突然そうなってしまったのか。今となってはもう知りようのないことだ。
「取り乱してしまってごめんなさい」
ややあって、落ち着いたディアナが言う。
「気にするなよ。実の兄貴が死んだと聞かされて、平然としてるやつとは仲良くなれそうにない。それに、死ぬ前に何したかはともかく、死んでしまったらみんな同じだ。向こうに帰ったらこのことは内密にされてしまうから、今のうちに思う存分悼んでやれ」
「ありがとう、エイゾウさん」
微笑むディアナ。俺は照れ隠しに手をひらひらと振るのだった。
「あー、それでだな。明日の朝一番でディアナを都に送ってくる」
「えっ?」
ディアナが驚いた声で言う。いや、そりゃ片付いたんだから、そうなるに決まってるだろう。
「ゴタゴタは片付いたし、爵位の継承で祝宴とかあるらしい。それにディアナが出ないのはありえないだろ?」
「それはそうだけど……」
「まぁ、祝宴は俺も出るしな」
そうなのだ。「来てる客人が“事が片付いたからおさらば”とばかりにいなくなったらおかしいだろ?祝宴には侯爵閣下も来るぞ」とマリウスに言われてしまった。そう言われたら参加しないわけにもいかない。ディアナを送るついでに俺も参加することになっている。
俺がそう言うと、ディアナもそれならと応じてくれた。
「じゃあ、また2~3日くらい空けるんですね?」
「そうなるな。サーミャもリケもすまんな」
「いえ、私は別に。でも、早く帰ってこないとサーミャは拗ねるかも知れません」
「ばっ、何言ってんだよリケ!」
笑いながら言うリケに、顔を(たぶん)真っ赤にして、サーミャが食ってかかる。場が笑いに包まれて、この場はお開きとなった。
出かけるのは明日だから、今日のところは俺も鍛冶の仕事をする。数日ぶりの我が工房での作業だが、ほんの数日なこともあってか、特に手際に衰えなどはない。いつもどおりに“高級モデル”を作れた。リケたちもこの数日一緒に作業してたのだろう、テキパキと“一般モデル”を作成している。この光景も見納めか。
鍛冶仕事が終わったら、ディアナと稽古だ。見違えるほどではないが、確実に腕を上げてきている。この調子ならゆくゆくは俺をも凌ぐ剣の使い手になるかも知れない。それを見られないのが残念だが、家に帰っても頑張って欲しいものである。
今日の夕食は少し豪勢にする。明日にはサーミャとリケはディアナと会えなくなるからな。そんな空気を察してか、それとも俺のいない間に仲良くなったのか、3人はいつになく明るく話をしながら夕食を食べていた。
翌朝、いつもより早く一連の朝の日課を終えた俺とディアナは、森を歩いていた。ディアナの荷物は俺が持っている。もともと急の脱走だったから、そんなに荷物はないし、俺の筋力なら軽いものである。街へ行く時よりかなり早い時間に、森から出ることができた。
俺たちが森を出てからそんなに経たないうちに、カミロの荷馬車がやってきた。御者台にはカミロと店員さんが乗り込んでいる。俺とディアナは止まった馬車の荷台に乗り込む。
「よう」
「おう。ディアナさん、乗り心地悪いと思いますが、どうぞご勘弁を」
「いえ、無理を言って乗せてもらってるんですから。それに、兄もお世話になりました。ありがとうございます」
「いえいえ、私たち商人は利があれば、そこに与するというだけのケチなもんですから」
カミロが謙遜して言った。それを見て、俺が珍しいものを見たとニヤニヤしていると、それを見咎めたカミロが
「エイゾウは後で覚えとけよ」
と脅してくる。俺が肩をすくめて「おー、怖い怖い」と身を縮こませると、馬車は笑いに包まれながら発車した。
道中は特に何も起きることなく、都に辿り着く。門のところで入る時に検問があったが、カミロが見せた札のおかげか、チェックはざっと一通り見るだけで終わりだ。何を見せたのか、カミロに聞いてみる。
「ああ、エイムール家出入りの商人の札だよ。これがあると色々便利だからな」
「だろうな」
そうか、カミロは伯爵家の後ろ盾つきなんだよな。今後もその辺りを上手く使ってやっていくんだろう。
小1時間ほどでもう一つの門を抜け(このときも札が大いに威力を発揮した)、俺がこの街で知っている数少ない場所、エイムール邸に到着した。
馬車が止まり、俺が先に降りる。手を差し出しながら、
「どうぞ、ディアナお嬢様」
とおどけてみせると、
「何言ってるのよ」
と呆れたような怒ったような顔をして、でも、しっかりと手を取って降りてくれた。
さて、あとはこの家の人に任せよう。荷台に載ったディアナの荷物を降ろしてディアナの方を見ると、前に見た使用人の女の人たちに囲まれて、帰宅を喜ばれている。それなりに長い期間だったしなぁ。俺は荷物を囲んでいる使用人の人に渡すと、別の使用人に連れられて、中に入るのだった。