「さて、じゃあ次は鞘だな」
俺はカミロとマリウスに声を掛ける。
「ああ、そうか。鞘もいるよな」
カミロがそう言ってくる。普通のロングソードなら、特に気にせずにパパっと作って終わりなんだが、さすがに家宝となるとな。
「まぁ、この後どれくらい家宝にするのか知らないが、家宝と言うなら、それなりの鞘がいるだろ?」
「明日までにできるのか?」
これはマリウスだ
。
「まぁ、できるところまでにはなるけど、今日中には仕上げるよ」
「あまり華美にしなくていいぞ。偽物の鞘もさして華美ではなかったからな」
「そうなのか。じゃあ、そんな感じで作っておこう」
「ああ、頼む」
ここで彼らは一度出ていった。次に来るのは完全納品の時だ。さて、始めるか。
基礎は木製にする。材料として置いてある木の中で、古めで詰まっているものを選ぶ。この辺の目利きもチート頼りだ。家宝なのに新しめの木なのは、最近作り直した、と言えなくはないので大丈夫だろう。国宝とか神器とかだと鞘の作り直しもなかなか大変なんだろうけどな。
木の上に剣を置いて、大きさを測ったら、剣の形に木をくり抜く。半身ずつでくり抜いた木の板を二枚用意し、ニカワで張り合わせたら、試しで作った高級モデルのナイフで外形を作っていく。彫刻もこのナイフでいけそうなので、真ん中に花の茎と葉のような文様を一本だけ入れる。
そこまで終わったら一回全体をナイフで綺麗にする。かんながけの要領だ。
次に、蜜蝋を布にとって全体に塗っていく。それなりに高い品だとは思うが、まぁ家宝の鞘だ、ケチケチすまい。
結構な時間をかけて塗り終えたら、次に火床に火を入れる。あまり大きくない板金を熱し、ハンマーで叩いて薄く延ばしていく。延ばした鋼の板は、鞘の縁取りに使うのだ。普通はかなり時間のかかる作業だが、チートのおかげで一度で望む長さと形になった。
鞘の周囲に延ばした板を取り付け、タガネで彫刻を施していく。こちらも植物の葉のような文様だ。やがて日が沈む頃、ようやっと鞘が完成した。起こされたのは割と朝早かったし、マリウスとカミロもそんなに長居はしてなかったので、鞘一つで相当の時間をかけたことになる。それでも普通なら、下手をすれば1月ほどもかかってしまいそうな作業を1日で終えたのは、やはりチートと言う他ないな。
鞘に剣を収めてみると、なかなか凝った作りに見える。これなら偽物に見劣りはしないだろう。1人ほくそ笑んでいると、カミロとマリウスがやってきた。
「調子はどうだ? 間に合ってないなんてことはないよな?」
カミロが朗らかな様子で聞いてきた。これは出来上がってないことを微塵も考えてないな。その信頼が嬉しくもこそばゆい。
「ついさっき出来上がったとこだよ。これでどうだい?」
俺はできたばかりの剣と鞘を2人に見せる。
「おお……」
マリウスが感嘆の声を漏らす。
「これなら、偽物に対抗することも容易だろう」
「そうか。なら良かった
」
にこやかに言うマリウスに、俺はややぶっきらぼうに返す。ちゃんと自分が作ったもので喜んでもらえるのは嬉しいが、気恥ずかしさのほうが今はまだ大きい。
「エイゾウ、本当にありがとう」
「なに、あんたには借りがあるからな。それを返しただけさ」
マリウスが右手を差し出してくる。俺はその手を取ってガッチリと握手した。
「とりあえず今日のところは休んでくれ。また明日の朝迎えに来る」
カミロが俺に言う。
「ああ、分かった」
夜中にこっそり出ていきたいところだが、門は夜中は閉まっているだろうからな。朝早い時間、ごった返してるときに紛れて出てしまうほうが怪しくないのだろう。
俺は素直にカミロの言葉に従って、寝てしまうことにした。
翌朝、カミロが迎えに来るよりも早くに目が覚めた。置いてある水瓶の水で顔を洗ったりして、家に帰る準備だ。とは言っても、持ってきたものはないので、大層な準備はない。試しに作ったナイフのうちの1本を、ここで潰した護身用の代わりに貰っていくことにするくらいなものだ。家に帰ったら新しく“特注モデル”を1本作って、それを護身用にしよう。
日が昇ってやや経った頃、カミロとマリウスが来た。それに他にも何人か女性がいる。え、何事?
「おはようさん。よく眠れたか?」
カミロがニヤニヤしながら言ってくる。俺は戸惑ったまま、
「あ、ああ。お前たちが来る前に起きられたよ」
と答えた。前の世界で椅子寝とかはしょっちゅうしてたからな。戸惑っている俺に、今度はマリウスが声をかける。
「急で悪いのだがな、こいつに着替えてくれ」
そう言いながら、豪奢な服を見せてくる。
「え?」
俺の戸惑いはより一層深まる。今から帰るだけなのに、わざわざ豪華な服に着替える理由はなんなのだ。
完全にテンパっている俺を他所に、マリウスは一緒に来た女性たちに、
「彼はこういう衣服に慣れてない。着替えるのを手伝ってやれ」
と命じている。女性たちは頷くと、俺を取り囲んだ。
「い、いや、待ってくれ。なんで着替えるんだ!?」
俺はほとんど悲鳴に近い声をあげる。その間にも女性たちはテキパキと命令をこなそうと――つまり、俺の服を脱がそうとしている。俺は服を押さえながら2人の答えを待つが、2人共ニヤニヤしたまま、答えを返さない。あまり力を入れて押さえると服が傷みそうなので、一瞬力を緩めたりするが、女性たちはそのスキにドンドン服を脱がしてきて、俺は下着だけになった。こうなったらもう新しい服を着せてもらう他ない。豪奢な方の服は確かに俺じゃ着方がわからんからな。
どうしようもないので、俺は服を着せられるままになる。変な抵抗もしなかったからだろう、着せられる方は早く事が片付いた。服はマリウスの服に似たデザインで、貴族っぽい感じではある。事態に頭が追いついてなかったが、よくよく見ればカミロの身なりも大分良いものになっていた。
「それで? 俺にこれを着させてどうするんだ?このまま帰らせる、ってわけじゃないよな?」
俺が不承不承とした表情で二人に聞くと、マリウスは笑いをこらえようともせず言った。
「これから、我が兄上殿と対決するのさ。それに貴殿も付き合ってもらう」