これで刀身そのものは完成した。そこらの剣では文字通り“太刀打ち”できないだろう。ただ、これをこのまま納品するわけにはいかない。家宝にしてはやたらとシンプルだからな。
タガネを借りて(ハンマーやその他も借り物だが)、刀身に彫刻を施していく。この辺もチートの力を借りて、重量バランスを崩さず、強度も落とさず、かつ刃の曲線に合うように優美な文様を入れていく。植物の葉と茎のように見えるようなやつだ。剣先の方には花が咲いたような模様を入れる。これらは裏と表に入れていくから、結構な重労働である。これ下手したら刀身打ってる時より大変なんじゃないのか……。まぁ、だからこそ家宝としての格が上がる、ような気がする。
チートのおかげで、迷わず、下書きなんかもなしで作業を進める。かなりの時間が経って、やっと刀身に彫刻を入れ終わった。次は鍔と柄頭だ。鍔にも植物が絡んだような文様を入れる。鍔の文様は立体的に見えるような彫り方である。鍔の真ん中にはエイムール家の紋章も入れてみた。柄頭は花の蕾のように見える彫刻だ。
いつもの“座った太めの猫”は、革を巻いたら見えなくなるところに小さく入れた。ちょっとしたイースターエッグだな。
彫刻を入れたときに出たバリをヤスリを使って綺麗にしていく。文様がよりはっきりしてきたので、そこで止める。気がつけばもう相当遅い時間のようだ。眠気が凄い。これはこのまま作業続けても意味がないな。年をとってから、こういうところの見切りはやたら早くなった。
俺は火床の火を消すと、鍛冶場の中にあった毛布に包まって横になった。
「―きろ。おい、起きろ」
ゆさゆさと誰かに揺さぶられて目を覚ます。
「うーん」
俺はゆるゆると目を開ける。俺を揺さぶっていたのはカミロだったようだ。
「まったく、昨日できないって落ち込んでるかと思ったら、のんきに寝てるんだものなぁ」
「いやぁ、徹夜は体に良くないからな」
カミロの言葉に俺は横になったまま、のんびりと返す。これも剣の本体ができていなかったら、こんなにのんびりはしてられなかっただろうけどな。
「身体は資本、ですか」
そこにカミロとは違う、聞き覚えのある声が聞こえた。俺は慌てて飛び起きる。
「マリウスさん!」
そこでにこにこしているのは、街の入口なんかで散々見た、あの優男の顔だった。身体はあのちょっとボロっちい革鎧ではなく、立派な服を着ている。腰に佩いているショートソードは俺の打ったものなのが、嬉し恥ずかしい。
「お久しぶりですね、エイゾウさん」
マリウス氏は俺に丁寧に挨拶をしてくる。流石にこのところのゴタゴタで心労があるのだろう、顔に幾らか
「マリウスさん、私の名前をご存知だったんですか?」
「今回の件を頼むときに聞きました。名前も知らないまま、というのは内密の話にしても無礼ですし」
「なるほど……。マリウスさん、私にそんな丁寧に接してくれなくて良いんですよ。街で会った時みたいで良いんです」
マリウス氏に丁寧にされると違和感が凄くて、会話がぎこちない。
「いえ、当家の恩人になる方に、無礼な真似はできません」
街で衛兵やってたときからそうだったけど、気が回るんだよなマリウス氏。
「いえいえ、こちらこそお気遣いは御無用です。私はあなたに借りがあるんですから」
俺がそう言うと、
「それでは、お互い同じ立場ということで、お互いに丁寧なのをやめる、というのでは?」
ニッコリと笑いながら、マリウス氏が提案してくる。これ、呑まないと多分このままだよな。それもやだなぁ。
「わかりました……いや、わかった。そうさせてもらう」
こうして、(おそらく次期)伯爵とタメ口で話す鍛冶屋が生まれてしまった。
「とりあえず革を巻いてしまうから、少し待っててくれ。時間はあるか?」
「ああ、まだ大丈夫だ」
「よし」
俺は剣の柄に革を巻く。チートの手助けで素早くキッチリと巻くことができた。
「これでよし。振るってみてくれ」
「分かった」
俺はマリウスに剣を渡した。マリウスは受け取った剣を見て、
「綺麗な剣だな……」
と感嘆している。少しの間、そのまま眺めていたが、我に返ったように剣を振り始めた。綺麗な剣筋だ。同じ剣術を習っていたのだろう、ディアナの剣筋によく似ている。ただ、ディアナの方は女性だからか、やや速度を重視した動きだったのに比べて、マリウスの方はもう少し弾くような動作が多く、パワータイプと言うか、そんな印象を受けた。
しばらく一心不乱に剣を振るっていたマリウスだが、やがて動きを止めたので、俺は声をかけた。
「どうだ?」
「凄いよ、この剣は。今まで持ったことのある、どの剣よりも凄い」
心底からといった感じで、マリウスは言う。
「まぁ、俺の作れるほぼ最上級だからな。そんじょそこらの剣には負けない……」
おっと、忘れるところだった。
「そういえば、“元の”家宝の剣の材質はなんなんだ?」
これを聞いておかないとな。かなりいい出来ではあるが所詮は鋼だ。オリハルコンだの、アダマンタイトだのといった魔法の金属で出来ていたら、その出来が多少悪いぐらいでは俺の剣は負ける。
「あの“偽物”はエイムール家が伯爵の爵位を貰ったときに一緒に下賜されたもので、当時の王が、王国で一番腕の良い
「つまり、ただの鋼ってことか」
「その通り」
とりあえず一つはクリアだ。普通の人間だとオリハルコンとかは無理なのか。俺はいけるのかな……。
「あと一つ、家宝は今まで見せたりはしてなかったのか?」
「内々の儀式の時なんかには持ち出すが、それ以外では門外不出だからな。うちの記録にも“王から爵位と剣を下賜されたので”うんぬんしかない」
「じゃあ、“家宝と聞いていたあれと形が違うぞ”と外野が騒ぐことはないわけか」
「そうなるな」
じゃあ、大丈夫か。前の世界の博物館的な感じで展示とかされたことがあったらどうしようかと思ったが、どちらかと言うと神具とかそういう扱いで、衆目に晒されたことはないようだ。
「どうにもならなくなりそうだったら、比べてしまえばいい。“偽物”に、この“本物”が負けなければ、“恐れ多くも王から下賜された剣”がどちらなのかは分かるだろ?」
マリウスはニヤリと不敵な笑みを浮かべて、そう言うのだった。