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失敗と成功

 鍛冶場の中を見てみると、火床とフイゴ、金槌その他が揃っている。他に目を引くのは大きな鎚だ。見てみると上の方で外に軸が延びている。水車で動かすやつだな。動かし方はインストールが教えてくれるから、なんとかなりそうだ。

 火床は魔法対応じゃないので自分で着火する必要がある。火床に炭を入れたら、火口になる木の皮と麦藁、それに板金とハンマーを持って金床に向かう。


 金床に板金をおいたら、裏返したりしながら端をハンマーで思い切り叩いていく。これをしばらくやっていると、板金の端が赤熱してくるのだ。木の皮に麦藁をのせて、そこに赤熱した板金を触れさせると、麦藁に着火する。それを急いで火床に持っていき、敷いた炭のあたりに置いて、あとは炭に火がつくまでフイゴを操作だ。

 しばらくフイゴを操作して、火がおこってきたら、炭を足し、フイゴを操作し、を繰り返す。この辺りはうちの工房だと魔法でパパっとやってしまっている部分だ。適当に炭を放り込んで、魔法で火をつけて風を送るだけで済むからな。俺よりも、もっと魔法がちゃんと使える人だと、この火床でも同じようなことはできるはずだが、なんせ最低限だから仕方ない。そして多分そんな人は鍛冶屋なんてやらない。


 十分に火が回って温度が上がってきたので、置いてあった中で一番良さそうな板金を突っ込んで熱する。熱し終わったらまずは伸ばす作業だ。熱した板金を金床に載せてハンマーで叩く。なるべく組織のようなものが均一になるようにしていくが、なんだか感覚がいつもと少し違うな。ハンマーが違うからか? 工房から持ってくれば良かったかな。こいつは“特注モデル”なので集中しながら叩いて延ばす。

 やがてロングソードの長さになった。ここからは形を整える作業だ。熱して叩く作業で、形を作っていく。完成した形は、刃の部分が直線的なロングソードだ。質実剛健さが出ている。


「おっ、できてきたのか」


 今までどこにいたのか、カミロが声をかけてきた。


「ああ、形はな」


 俺はそう答えながら、火床に剣を入れて、温度を上げていく。焼入れの準備だ。フイゴを操りながら、ピッタリの温度を見極める。やがて、思ったとおりの温度に剣が熱されたので、火床から取り出して素早く水で急冷する。十分に温度が下がったら、また軽く火床の火にかざして温め、今度はそのまま冷やす。磨きと研ぎをして、これで完成……のはずなのだが。


「ううーん」


 俺は困惑していた。


「どうしたんだ? 出来たんじゃないのか?」


 カミロが俺の様子を心配している。


「いや、できるにはできたんだが、この出来ではなぁ……」


 そうなのだ。俺が“特注モデル”を作った時の、煌めきのようなものがこの剣にはない。これでは良くて“高級モデル”の出来だ。この短時間でそれができてしまうのも十分“チート”ではあるのだろうけど、次代の家宝を作るというのにこの出来ではな。


「十分いい出来に見えるけどな」

「いやぁ。これじゃなぁ」


 うちの工房と同じように薪も置いてあったので、その上に麦藁を置いて、今打った剣で斬りつける。麦藁はスパッと切れた。薪には刃が


「おお、凄い切れ味じゃないか」

「いやぁ……これじゃないんだよなぁ……」


 カミロは興奮しているが、当然俺の特注モデルの切れ味はこうではない。これは高級モデルどまりだ。俺は自分のナイフを取り出すと、それで麦藁と薪を切る。麦藁は薪ごとストンと切れた。やはりちゃんと特注モデルだとこの切れ味だよな。


「お、おい、今の……」

「ん? ああ、俺が本気を出すと、これくらい切れる物が作れる」

「そ、そうなのか……」


 カミロはちょっと引いている。そうか、ヘレンのは本当に外見を見せてもらっただけで、切れ味とかは見せてもらわなかったんだな。


「あんまりあちこちで言うなよ」

「わかってるよ。と言うか、こんなの言ってもそうそう信じてもらえねぇよ」

「そりゃそうか」


 ナイフで藁束はともかく、薪まで切れちゃうんだもんなぁ。


「ちょっと何本か試してみるよ」

「この打ったやつは?」

「欲しけりゃ譲ってやるよ。格安で」

「相変わらず、がめつい鍛冶屋だよ、あんたは」


 カミロは笑って言った。


 俺はその後2本ほどナイフを作ってみたが、どれも高級モデル止まりだった。もうとっくに日は落ちていて、カミロの姿もここにはない。

 俺はここで作った高級モデルと、俺の護身用の特注モデルを見比べてみる。やはり輝きのようなものが全く違う。高級モデルにもある程度の輝きはあるが、特注モデルのほうは自ら光っているようにすら見える。心なしか、作ったときよりも、今のほうがずっと輝いているようにも見えるな。この違いはなんだ……。どうすればここの材料でこの輝きを生めるんだ。


「いや。そうじゃないな」


 俺は気がついた。ここの材料だけで作ったもので上手くいかないならば、ここじゃない材料も使って作れば良いのだ。


 俺は火床の火を強くすると、そこにバラした護身用のナイフを入れて熱する。赤熱したナイフを取り出し、3分の1くらいに切り分ける。小さめの板金と切り分けたナイフを交互に板金の上に載せて、濡らした薄い麻布で巻いたら、そこに麦藁を燃やした灰をくっつけて、火床に入れて熱する。赤熱して塊に見えるそれを取り出し、チートをフル活用して、ここの板金と切り分けたナイフの鋼がくっつくように、ハンマーで叩く。

 この作業を何度か繰り返し、まとまったら、今度は延ばすようにハンマーで叩くが、まだここでは目的の長さまでは延ばさない。ある程度延びたら、真ん中に切れ目を入れて、折り返してまたまとめる。この作業を15回ほど繰り返した。


 こうしてできた塊をまた熱し、今度は目的の長さまで延ばしていく。このときになるべく組織のようなものが均一になるように、ムラのようなものを消すように叩く。今度は最初に打った時の違和感はない。

 目的の長さまで延びた。ムラや歪みなんかは全く無い。ここから形を作る。熱して叩いてを繰り返す。折角消したムラや歪みが再び出ないように、真剣に見ながらだ。

 やがてできた形は、最初に打ったようなものではなく、刃の部分が優美な曲線を描くものだ。最初に打ったときは意識しなかったが、家宝と言うなら、これくらいデザインに凝っていたほうが良いだろう。焼入れと焼戻し、磨きと研ぎもチートで全て完璧に仕上げることができた。

 俺はじっくりとできたばかりの刀身を眺める。この輝きは確実に特注モデルだ。麦藁と薪を持ってきてセットし、そこに今作ったロングソードを軽く振り下ろす。


 次の瞬間、ロングソードの刃は地面に接し、ズルリと切れた麦藁と薪が、その両側に散らばっているのだった。

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