「ち、ちょっと待て。新しい家宝の剣ってことは、俺の剣がエイムール家の家宝になるってことか?」
「そうなるな。盗まれたほうは“偽物”だから、当然マリウスさんが持っている“本物”が家宝だということになる。で、その“本物”はお前の作ったものだ」
「俺の作った剣がそんなことになって良いのか……」
「家宝の剣、つっても国宝でもないんだし、神様とかエルフが作ったんじゃなくて、最初にそれを打った人間がいるんだから、それと同じことだろ」
「それを言われると、そうなんだが」
「ここはマリウスさんの手伝いをすると思って諦めな」
「うーん」
まぁ、家宝と言ってもやたら出来の良い剣に過ぎないのだから、それ以上の出来の剣を作ってしまえば「素晴らしい、さすが家宝として継いでいるだけある」となるのだろうし、実際それだけの価値にはなるんだろう。
国宝や、伯爵より上位の家格の家の家宝を作れとなると、材質やら製法やらで、ただの鋼では太刀打ちできる範囲を超えると思うが、伯爵家くらいなら、まだギリギリ滅茶苦茶いい鋼、とかだろうし、ギリギリなんとかなるかも知れない。一応、マリウス氏には剣の材質を聞いておくか……。
「あんたがヘレンに打った剣を見せてもらったが、あれは相当の業物だって俺でも分かる出来だった。あれが打てるなら大丈夫だ」
考え込んでいる俺にカミロが声をかけてくる。
ああ、今のところ唯一世間に出ていったあれを見たのか。それで大丈夫と言うなら大丈夫なのだろうか。いまいち不安は拭いきれないが、乗りかかった船だ、やるしかないか。
「わかったよ。ただ、いくつか条件が重なると厳しいな。例えば、材質が鋼より上のものだったりすると危うくなる。なるべく良いものを作るようにするが」
「ああ、それでいい。で、悪いんだが、そこに箱があるだろ? そこに隠れててくれないか?」
「これか?」
確かにそこには大きめの箱がある。しかし俺が入るには少々小さいような。
「ああ、それだ」
チラッとこっちを振り返ったカミロが言う。俺は言われるままに箱の蓋を外すと、中を覗き込んだ。そこは思ったより深くなっている。と、言うか明らかに物理的に深さが合ってない。なるほど、そういうことか。荷車に細工がしてあって、見た目よりもより多く物を運べるようにしてあるのだ。これなら俺一人は隠れられるな。俺はその中に潜り込むと、蓋を自分で閉めた。
箱の中に隠れて結構な時間が経った。少なくとも俺が軽く居眠りするくらいには時間が経っている。馬車だし、街道が整備されているから、徒歩よりは相当速いのだと思うが、それでもかなりの距離を進んだということだ。
それからさらにしばらく馬車に揺られたあと、ガタンと大きく揺れて、馬車が止まる。周りは騒がしい。どうやら都の入り口についたようだな。
「次の者!」と呼ぶ声があちらこちらから聞こえるように感じる。前の世界で言う国境線の入国審査みたいになっているのだろうか。箱の中だからよく分からないのがもどかしい。馬車は時折進んでは止まる。衛兵の呼ぶ声もそれに従ってどんどん近づいてきている。
やがて、俺たちの番になったようだ。
「お前は行商人か」
「へい。いくつかの品を運んで参りました」
「少し検めるぞ」
「へい」
2人の歩く音が荷車――つまり俺のいる方に近づいてくる。衛兵らしき足音が荷台に上がったかと思うと、俺とは反対側の荷物の蓋を開けたりしているようだ。その足音と蓋を開ける音は少しずつ俺に近づいてきて、相当肝を冷やしたが、結局は俺のところまで来ることなく、そのまま荷台を降りていった。
「よし、いいだろう、通れ」
「へい。ありがとうございます」
カミロは慇懃に返すと、馬車を進める。やがて、街の中に入ったのか、喧騒が聞こえてくると同時に、馬車の振動が変わった。車輪の音も違ってくる。それでもまだカミロは俺に「出ろ」とは言わない。迂闊に出たり物音を立てたりしてはいけないという状況は変わらないようだ。
街に入ったと思しき後も、道を曲がったり坂を登ったり、時折止まったりしながら、結構な距離を行く。やがて、止まった後に少し進んで、今までとは明らかに違う馬車の振動を感じると、再び馬車が止まった。目的地かな。
「おい、出ていいぞ」
カミロの声がする。俺は待ってましたと言わんばかりに蓋を開けて、箱から出ると、荷台でうーんと身体を伸ばした。腰がゴキゴキと音をたてる。前の世界の年齢のままだったら、腰が痛すぎて立てなかったかも知れない。
「ああ、辛かった」
「だろうな。すまんが、あんたがここに入ったことを知られるわけにはいかんのでな」
「わかってるよ」
俺は苦笑しながらカミロに返す。
「で、ここはどこなんだ?」
「ここはエイムール家所有の鍛冶場だ。私兵の武器なんかはここで作ったり、補修したりしているらしい」
「ほほう。それにしてはやけに静かだな」
こういうところだと水車を利用した鎚が動いてたりして騒がしいもんだと思っていたが。
「今は操業を止めて、マリウスさんが信頼できる何人かの職人だけ残してるみたいだからな」
「なるほどね」
そりゃ“本物”を作り出すところを、大勢に見せるわけにはいかんわな。
「よっと」
俺は荷台から飛び降りる。ここはあくまで荷物を運び込むところのようで、火床やらはない。箱の中にいたから分からなかったが、ふと外を見ると、日がやや傾きかけてきている。朝一で向こうを経ったから、馬車でもかなりの時間がかかったということだな。
「さて、それじゃ急ぎ準備するか」
「おう。俺たちが着いたことは今マリウスさんのところに報告にやらせたから、すまんが早速取り掛かってくれ」
「分かった」
俺はカミロに示された扉を開ける。さて、マリウス氏の一世一代のお手伝い、始めますか。