カミロのところを出て、家路につく。今回はいつもの鉄石と炭、それから塩とワインの他に、干した根菜類と、ちょっとだけだが胡椒も仕入れた。街を出る時にも衛兵さんに会釈をして出る。考えてみれば立ち番が同僚氏でなかったから、いつも3人で来てるのに今日は2人と言うのがバレづらくて、丁度良かった気はするな。
帰りもいつもより時間をかけて警戒しながら進んでいく。結局のところ、いつもよりも大分遅くにはなったが、特に何もなく家に帰り着くことができた。
「ただいま」
「お、エイゾウおかえり」
「おかえりなさい」
持ってきた荷物の運び込みをサーミャとディアナにも手伝ってもらう。サーミャとリケが鉄石なんかを作業場に運び込んでいる間、俺とディアナで塩やワインを台所に運び込む。その作業中、
「あら、これは胡椒?」
ディアナが胡椒に気がついた。
「ああ。カミロの店にあったから、買ってきた。あんまり大量に使う気はないけど、味が断然良くなるからなぁ」
「あれ、じゃあ、エイゾウさんって胡椒使った料理食べたことあるの?」
「あっ」
しまった。この世界では地域差によって極端に高額ではない(少なくとも同じ重さの金と同額ということはない)が、気候の関係で栽培地が限られるため、それなりに高級な品ではある。それを食べたことがある、ってのは普通はそんなにない。さっきのはたまたま口にした程度の人間がする発言でもなかったし。
「うーん、俺は“わけあり”だから普段は内緒にしているんだが、“タンヤ”という家名がある。“エイゾウ・タンヤ”がフルネームだ」
「魔法が使えるから、なんとなくそうかなとは思ってたけど、やっぱりそうなのね」
「家名持ちとは言っても、わけありだから、エイムール家のためにうちの家が出張るってのは無理だけどな」
そもそも、同じ家名の家が存在したとしても、そこは当然俺の家ではないから、出張らせる家は存在しない。
「他の2人は知ってるの?」
「一応な。秘密にしといてくれ、って言ってあるからディアナさんにも言ってなかったとは思う。ディアナさんも秘密にしといてくれよ。面倒臭いことに巻き込まれかねない」
「わかってるわよ。私も家名持ちだから、その辺の面倒臭さは理解してるし」
「それはそうか」
しかも、まさにそれで難に遭ってる最中だしなぁ。
「よーし、これで運び終わったかな」
「そうね」
「今日の晩飯は期待しててくれよ?」
「ええ、もちろん」
ディアナが笑顔でそう言ってくれて、俺は心底ホッとするのだった。
その日の晩はいつものスープに砕いた胡椒を少し入れてみた。折角なので、塩漬け肉で日にちが経ってないものも塩抜きして焼き、胡椒を少し振ったものも出す。
「おー、美味いな!」
大喜びなのはサーミャだ。獣人だとほぼ自給自足みたいな生活だから、胡椒みたいなものは使わないらしい。そもそも保存は乾燥だよりで、塩を使うこともそんなにないそうだ。
「親方の言ったとおり、一味違って美味しいですね」
リケも喜んでいる。リケの家でも保存は主に塩で、胡椒は使ってなかったらしい。ドワーフの男は大食いなので、胡椒なんか使ったら、あっという間に破産する、と笑っていた。
「あら、これくらいの胡椒でも全然美味しいのね。私はこっちのほうが好きかも」
そう言うのはディアナである。貴族には逆に胡椒の味しかしないような料理もあるらしい。それはちょっと俺も遠慮したいな。
胡椒が安定して供給されるのかは知らないが、あるときはなるべく買ってくるようにしよう。
明けて翌日。俺は朝の水汲みを終えたら、すぐに森の入口に向かう。他の3人は朝飯を食べた後、作業場でショートソードやロングソードの製作に取り掛かるはずだ。
俺は森の中を進んでいく。いつも静かな森の中ではあるが、今日は朝早いこともあってかより一層静けさが深い。まだ森が目を覚ましていないかのようだ。その中を1人下生えを踏みながら行くと、やたらに自分の足音が大きいように感じてしまう。今日は俺一人だから、護身用のナイフとショートソードだけで、警戒をしていると言ってもすばやく移動できる。その素早さがかえって物音を大きくしているように感じて、いきおい速度を落としがちになりつつ、森の入口を目指して進む。
やがて、いつもよりもかなり早く森の入口あたりに着いた。手近な木の一本に登る。子供の頃もそんなに回数をこなしたことがない木登りも、チートやインストールでなんとかこなせた。ここでじっとしていれば、街道を見つつ、姿を隠すことができる。
なので身動きせず、街道を見張る。最初は良かったが、半時もすると決して若くはない肉体が辛くなってくる。しかしゴソゴソと動けばここに俺がいることがバレてしまう。なので少しずつ少しずつ体を動かす。
「スナイパーみたいだな……実際やってることはほぼ変わらんか」
俺はそうひとりごちながら待つ。
それから1時間の間、幾人かの道行きがあったが、そのどれも俺の待ち人ではない。更にそこから1時間、やっと俺の待ち人が来た。その待ち人は街の方からきて、俺からほど近い位置でキョロキョロと辺りを窺い、誰もいないことを確認すると、街道脇にある森側の茂みに何かを隠して、そのまま都の方へと歩き去っていく。
俺はその姿が見えなくなるのを確認しつつ、周りから誰も近づいていないことも確認して、木から素早く降りて茂みに走り寄る。そこに袋があったのでそれを回収して素早く森の中へもどり、街道から見えない位置で袋の中身を確認する。その中にはちいさな紙、そして薄緑のリボンが入っていた。紙には「確認したか?」と書いてある。
俺は懐から取り出した筆記具で紙に「確認した」と書き込むと、再び茂みに戻り、街道側からは見えにくい場所に薄緑のリボンをくくりつけ、そこから少し離れたところに手紙を隠した。あとは森に戻って家に帰るだけだ。
これがカミロと決めた連絡の方法である。カミロは街から都に行く人間と、都から街に行く人間を毎日入れ違いにするという方法で人をやっている。そこで、街道沿いの茂みに手紙を隠すことでやりとりをするのだ。街から都に行く人間が手紙をこの辺りの茂みのどれかに隠す。俺はそれを受け取ったら、元々隠された茂みに リボンを付けて返事を隠す。都から街に行く人間が目印を元に手紙を回収し、カミロに届ける。
七面倒ではあるが、コレなら1日に1回カミロと連絡を取ることができ、かつ俺が街に行く必要もないし、カミロも街から出る必要がない。ただし、緊急時にはカミロが直接来ることでそれを示す。このときはもう目撃がどうとかではない。
さて、これでマリウス氏を助ける下準備は整った。後は要請に俺が応えられるかどうかだ。