今日は休日なので、鹿を解体して昼食をとった後は、夕食前までみんな思い思いのことをして過ごすことにする。
俺は矢じりを作ることにした。サーミャの補充分もあるが、今後ディアナも弓矢を使うかも知れないからな。リケは俺が仕事場に火を入れるならと、ナイフ製作の練習をしていた。サーミャとディアナは庭(と言うか単に家の前というだけだが)で弓の練習をしていたようだ。元々気が合うのか、採取と狩りに出かけてから仲がいい。ディアナもサーミャも、相手が誰でも気にしない性格というのもあるとは思う。
夕食前に四半時ほどディアナと稽古をする。2~3日でそんなに大きくは変わるわけがないが、少しずつでも何かを掴んでいければいい。
夕食は鹿肉を薄切りにして焼いたものに、いちじくと赤ワインのソースを絡めた焼き肉風にする。甘じょっぱい感じで悪くない。3人には割と好評だった。
翌日、今日は街に行ってカミロに商品を卸すが、ディアナを一緒に連れていくわけにはいかない。何があってバレるかわかったものではないし。一番いいのはディアナをここに置いたままにして、俺とサーミャとリケの3人で向かうことだ。そうすれば俺達の行動はいつもと全く変わらず、露呈することも限りなく減らせるだろう。ただ、万が一を考えれば、ここに他にも誰か1人は置いておきたい。
そうなると誰を置いていくか。俺は論外として、サーミャかリケってことになる。リケは戦闘能力がないし、この森に詳しいわけでもない。となるとサーミャか。何かあったらサーミャなら森の中を逃げられる。なんなら、かつて“ねぐら”だったところで数日くらいならなんとかできるだろう。ここにサーミャを置いていくと、どうしても道中の警戒が薄くなるが、そこは俺がカバーできそうだ。いざとなったら俺も強いみたいだし。
それらを3人に説明する。とりあえずは3人共納得してくれた。
「いいぜ、他にやりようもねーし」
「ごめんなさい、私のために」
「気にするな。悪いのはディアナさんじゃない」
「そうですよ。ディアナさんはご自分の身の安全を第一に考えてください」
「みんな、ありがとう」
ディアナは涙ぐんでいる。マリウス氏には早いところ解決してもらわないとなぁ。それはそれとして、本来なら遅くても5日ほど前にはカミロのところにいるはずのディアナがここにいる、ということは俺たちの他には知らないわけで、マリウスが心配している可能性も結構あるのだよな。
そんなわけで、マリウス氏からカミロに宛てた手紙は俺が持っていくことにする。
「それじゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
サーミャとディアナに見送られて、俺とリケは家を出た。
「さっきも言ったが、サーミャがいない分、警戒が薄くなるから、注意して進もう」
「分かりました、親方」
目安としては、いつもの1.5倍くらいの時間がかかるだろうな。森の中をゆっくりゆっくり進んでいく。カミロに行く時間は言ってないのと、別にいつ行ってもほぼ平気そうなのが救いだ。
途中2回の休憩を挟んで、やっと森を出るあたりまで来た。いつもなら2時間程度だが、今日は3時間を少し過ぎたくらいかかっている。森を出る前に辺りを窺う。特に誰かがこちらを注視しているような感じはない。ササッと森から出る。これで少しは安心できるな。
そうは言っても、街道上も安全が確保されているわけではない。十分に危険が存在する場所であるので、警戒しながら進む。すぐにディアナが襲われていたあたりに差し掛かる。流石に1週間もたっているので、特に何かがあった痕跡はもうない。追手の行方を知っているのは、俺たちだけの可能性が高そうだ。
「もう何もないな」
「そうですね。
「少なくとも、俺たちになんらかの嫌疑がかかることはなさそうで良かったよ」
「今何か言われると厄介ですからね」
「そうだな」
そんな会話をしながら、街へ向かう。結局、ここでも特になにか起きることはなかったが、やはりいつもよりはかなり時間がかかっている。これは今日は基本往復するだけになりそうだな。
街の入口には当然マリウス氏はいない。今回は同僚氏でもなかったので、軽く会釈するだけにして、さっさとカミロの店に向かうことにした。同僚氏がいたらそれとなく探ることもできたかも知れないが、まぁ、それは今言っても仕方のないことか。
街に入ってしまえばこっちのもので、仮に追手がこの辺りをウロウロしていようと、商品を卸しにやってきただけの鍛冶屋に聞くことなんか、そうあるわけがない。俺とリケは程なくカミロの店についた。
いつもの通り、倉庫に荷物を入れさせてもらい、カミロを呼んでもらう。いつものとおりに商談を終えたので、俺はカミロに切り出した。
「すまんが、少しお前に話がある」
「お、なんだ?」
俺はここでちらっと番頭さんを見た。カミロも頷いて番頭さんの方を見やる。番頭さんも頷いて、スッと部屋を出ていった。パタンと静かに扉を閉めていったのを確認して、俺は懐から手紙を出す。
「こいつを預かっている。この手紙の持ち主には了解を得た上で、中身は俺も確認している」
「ほう?」
カミロは封を切ってある手紙を読み始めた。すぐに眉間にシワが寄る。最後まで読んで、ため息をつきつつ、
「これをあんたが持っていて、今日二人だけで来たということは、そういうことと解釈していいのか?」
と言ってくる。
「そうだな。お前の思うとおりだよ。ディアナさんはうちにいるし、事情はわかっている。お前は結構前からこのあたりの話を知ってた、ということでいいな?」
「ああ、その通りだ……俺はあんたを巻き込みたくなかったんだがなぁ」
「そうもいかなかったんだよ」
俺は前回の帰りにディアナが襲われていた現場に居合わせたことを説明した。
「なるほどね。それはマリウスたちには願ってもない幸運だったな」
「まぁ、直接うちに来られたからな」
「そうだな。この手紙は俺が始末しておこう」
「ああ、頼む。で、俺は“わけあり”で係累もないから、マリウスさんを直接支援することはできない。腕前がどうあれ、一介の鍛冶屋が貴族の諍いに口を出せないからな」
これは何の偽りもない事実だ。直接手伝ってやれることがあればいくらでも手伝うが、一介の鍛冶屋が裏から貴族に手を回してどうこう、なんて真似は不可能である。
カミロは頷きながら言う。
「まぁ、そりゃそうだ」
「ただ、鍛冶屋として手伝えることがあれば手伝ってやりたい。だが、俺は1週間に1回しかここに来ないだろ? 連絡がどうしても遅れるのが心配でな。ここに来る頻度を増やすことは可能だが、それをして怪しまれたら元も子もない。そこで毎日連絡を取る方法はないかと思ってな」
カミロは俺の話を聞いてじっと考え込んでいる。俺はそのカミロに声を掛ける。
「おい、もう十分巻き込まれた後だ。俺が巻き込まれないかどうかは気にするな」
「……それもそうか」
そしてカミロは俺に連絡手段を伝えたのだった。