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生きることの一かけら

 リケに特注モデルの製作を見せた後、高級モデルを何本か作り、今日はここらで終いにするか、となった頃、サーミャとディアナが帰ってきた。


「おかえり。獲物は狩れたのか?」

「ただいま。おう、結構デカい鹿が狩れたぞ」

「おお、そいつは凄いな。ディアナもおかえり」

「ただいま。ああ、疲れた……」

「お、どうしたんだ」

「ああ、ディアナには勢子せこをやってもらったからな」


 勢子は狩りのときに、獲物を弓の射手の前まで追い出したりする役目のことだ。と、すると、かなり走ったり動き回ったりしたはずだ。それも森の中で。そりゃあ疲れるよな。サーミャも容赦がない。


「そりゃ大変だったな。2人ともお疲れさん。ディアナは今日の稽古は休みでいいか?」

「ええ。流石にこれではいい動きができないわね」

「だよな。じゃあ今日の稽古はなしで。作業場を片付けたら晩飯にするから、土を落としたら、部屋で休んでな」

「はぁい」

「おう」


 そうして2人とも台所の方へ向かっていく。


「じゃあ、俺たちは作業場片付けるか」

「はい、親方」


 こうして今日一日が終わるのだった。


 明けて翌日。朝一番に全員で森に向かう。俺は水瓶、サーミャはロープ、リケは斧を持っている。それにしても、毎回思うがリケが斧を持つとなんか凄くドワーフ!って感じするな。ドワーフだから当たり前なんだけど。

 ディアナだけが手ぶらだが、ワクワクを隠しきれていない。昨日自分|(とサーミャ)で狩った獲物だから、その回収が楽しみなんだろう。……お転婆だったかどうか探るのはもう止めた。探るまでもない。


 森の中を4人で行く。3人よりも目は多いし、気配を感じられる人間が1人増えているので、安全度は増したと言えるかも知れない。そもそも、4人も人間がいるのを襲おうって動物はあんまりいないので、逆に言えば、俺たちに殺気を向けてくるようなのはかなり怪しいことになる。

 ディアナを匿ってから、6日が過ぎようとしている。追っ手がディアナを捕捉するのに失敗したことは、カレル陣営もそろそろ把握しただろう。そうなると今度はディアナの行方を探しにかかるはずで、その候補の一つに“黒の森”があがることも、なんらおかしいことではない。

 それでも、捜索しながら並の人間では命を落としかねない森を行くのだから、辿り着くにも相当の時間を要するとは思うが、なにせうちは盛大に煙を出すので、ヘレンの時みたいにあっさり見つかる可能性もある。その辺りも考えればそろそろ慎重になるべき頃かも知れないな。


 そんなことを考えながら、湖へと到着した。俺とサーミャとディアナが鹿を引き上げる間に、リケが木を伐り倒す。俺とリケが運搬台を作っている間に、サーミャとディアナで水瓶に水を汲んで、あとは全部運搬台に乗っけたら引っ張って運ぶだけだ。引き手が4人になったので、以前より断然速い。前に引っ張った時の1.2倍くらいの早さで家に到着した。後の工程はディアナを除く3人でぱぱっと済ませてしまう。もう3人共手慣れたもので、あっという間に鹿は肉になる。

「肉ってこうやってできるのね」

 ディアナが感心したような、考え込むような感じで言う。これも多分“普通のお嬢様”なら卒倒もん……と思ったが前日にサーミャが内臓を抜く現場に居合わせて、特に何もなかったようなのだから、相当に肝が据わってんだろうなぁ。


「そうだな。こうして解体して肉になる」

「昨日、私が追っかけて、サーミャさんが仕留めるまでは生きてた鹿なのよね」

「そうだぞ。そしてそれは、今までディアナさんが口にしてきた肉も変わらない」

「そうなのよね……」


 ずいぶんと考え込んでいる。屠殺して解体するところなんか、庶民はともかく、貴族はまず見ることはないだろうからな。


「まぁ、そうやって命をもらうってことを意識してればいいんじゃないか?」

「命をもらう、か」

「そう。その命で俺たちは生きてるんだよ」

「なるほど……」


 なんかちょっと説教臭い話をしてしまった。これだから年は取りたくない。


「エイゾウがなんかうちの爺ちゃんみたいなこと言ってんぞ」


 サーミャの一撃が心に痛い。


「うちじゃそう教えられたんだよ」


 俺は語気弱く返す。


「北方じゃそう教えるのか。獣人みたいだなぁ」


 サーミャが感心したように言った。


「北方全体がどうなのかは知らないが、少なくともうちでは『全ての物に魂がある』って教わった」


 うちでは、と言うか前の世界の日本の観念だけどな。


「森にも?」

「森にも、そこの木々にもだ。だからこそ、それを切っていろいろな形で使って、その中で暮らす、ということには感謝がなくちゃいけないって、俺も爺さんに言われたなあ。もちろん木以外にもだぞ」

「なるほど……」


 今度はディアナが感心している。あんまり文化圏の侵害みたいなことはしたくないんだが、40年以上それで暮らしていると、どうしても感覚が抜けない。


 場がしんみりしてしまったので、俺は努めて明るく言う。


「今日は休みだし、昼はこの肉であれ作ってやるから楽しみにしてろよ?」

「おっ、やったぜ!」

「わぁ、楽しみです!」


 サーミャとリケがそれに乗っかる。ディアナはキョトンとした顔で


「あれって何?」


 と言っているが、サーミャもリケも「昼になったらわかる」と言うだけで、みんなで肉を持って家に戻っていく。


 昼飯と夕飯の分以外の鹿肉は干したり塩漬けにしたりして、昼飯は好評だった鹿肉のステーキ木いちごソースである。あとは無発酵パンとスープ。そのうちパンも干しぶどうかライ麦かの酵母で発酵パンにチャレンジしたいところだな。

 食べる前に、ディアナが


「北方……と言うか、エイゾウさんの家では、こういうときに感謝のお祈りとかはあるの?」


 と聞いてきたので、


「そうだなぁ……。じゃあやってみるか。手と手を合わせて」


 全員で合掌する。


「いただきます」

『いただきます』


 俺に続いてみんなが唱和する。


「エイゾウ、“いただきます”ってどういう意味だ?」

「『あなたの命をいただきます』とか、『自然の恵みをいただきます』とか、『準備してくださった料理をいただきます』とか、そういう感謝が主だな」

「へぇ。じゃあ、これからもやろうぜ。エイゾウの家なんだし」

「俺は構わないが、2人はそれでいいのか?」

「ええ。構わないわ」

「もちろんですよ、親方」


 こうして、我が家では日本式の“いただきます”と“ごちそうさま”が食事の挨拶となるのであった。

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