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稽古

 翌日、昨日作ったのは俺もリケも一般モデルだったので、今日は俺が高級モデルで、リケは一般モデルを作ることにする。とは言っても手順や人員はディアナを含めて変わらない。4人で作業を分担して作っていく。昨日何回かやったからか、ディアナの手際も昨日よりだいぶ良い。ディアナが流したほうのショートソードを見たが、ムラのようなものが、かなり減っている。となれば、後は俺が慎重にこのムラを叩いて消しこんでいくだけだ。

 難しいのはここで本気で消し込んでしまうと特注モデルに近づいてしまうということだ。それはおいそれと売るわけにもいかない(なにしろ本気で作ったものに迫ってしまう威力だ)ので、高級モデルの範囲内でとどめておく必要がある。程々で叩くのを止めて、焼入れ、研ぎ・磨きの仕上げをした。


「ふむ」


 出来上がりを確かめると、十分に高級モデルとしての仕上がりになっている。ディアナの作った剣の素材は昨日より大分いいとは言え、当然素人作業のものなわけだが、そこからでもチートの能力であれば、普通に高級モデルに持っていけるのか。凄いな。


 そうやって高級モデルの出来を確かめていると、ディアナが話しかけてきた。


「あら、それは?」

「ああ、こいつは昨日作ってたのとは違う、少し良いショートソードだ。昨日のより値段も高く売れる」

「見てもいい?」

「ん?ああ。構わないぞ。握りとか仕上げてないが」


 ディアナがめつすがめつ高級モデルのショートソードを見る。リケに初めて見せたときがこんなだったな、確か。


「これは……凄いわね」

「でしょう? 私も最初見た時びっくりしたんですよね」


 何故かリケが胸を張っている。


「ええ、都でも数えるほどしか作れる鍛冶屋はいないわね」


 感心しながらディアナが言う。逆に言えば何人かは作れるやつがいるってことか。じゃあ市場に流れても「良い出来の武器」で済むってことだな。実際ヘレンが持ってたのはウチの高級モデルに近かった。俺が作ったやつのほうが辛うじて良い……かも知れない、くらいだ。とは言っても今後ガンガン増やすと、それはそれで「これを打ったのは誰だぁっ」ということになりかねないので、程々にしとこう。


 昨日と同じくらいの数を作った頃、ディアナが切り出してきた。


「エイゾウさん」

「ん?」

「1回手合わせ願えない?」

「んん? 俺と?」

「ええ」

「剣で?」

「もちろん」


 ディアナも戦闘民族なのかよ。まぁでも気晴らしになるならいいか。ちらっと窓の方を見るとそこそこ日が傾いている。


「じゃあ、そろそろ暗くなってくるから1回だけな」

「ありがとう!」


 なんでそんなに嬉しそうなのかね……。

 万が一があってもいけないので、一般モデルの刃を落とす。まぁ鉄の棒で本気で殴られたら無事では済まないので、気休めと言われてもあまり反論はできないけど、当たったときの怪我の度合いが全然違うからな。


 さすがに作業場でやるのは色々問題があるので、外に出て二人で対峙する。サーミャとリケも出てきて見物だ。

 剣の先を合わせて一礼し、距離を空ける。


「いつでもいいぞー」


 俺は気楽に声を掛けるが、ディアナの方は真剣な顔だ。剣を構えてジリジリと間合いを詰めてくる。俺も剣をダラリとした感じで構え、待ち構える。突然、ディアナが姿が消えたかと思うほどの速度で突っ込み、その勢いのまま、首あたりを狙って剣を振るってくる。俺はだらりと下げた剣を跳ね上げるようにして弾き、戻す勢いで突っ込んできたディアナの肩口を狙う。


「くぅっ!」


 今度はディアナが弾かれた剣を戻す勢いで、俺の剣を弾いてなんとかかわす。俺は弾かれた方に体ごと動いて間合いを少し広げた。ディアナもこっちを追いかけてくる。ディアナは一つ一つの動作が機敏で精確だ。こりゃちょっと剣術を齧ったどころではないな。それでは仕方ない。


「あ、エイゾウがちょっと本気だ」


 サーミャが言っているのが聞こえる。少しだけな。


「ふっ!」


 俺はそこからディアナに打ち込み続ける。肩に胴に頭に脚に。最初は対応できていたディアナも少しずつ動作が追いつかなくなってきている。そこを狙って俺は胴を狙うフェイントを仕掛ける。


「あっ!?」


 ギリギリだったが、なんとか引っかかってくれた。腕が下がったところを狙って、首筋に剣を叩き込む――直前で寸止めにする。


「これは俺の勝ちでいいな?」

「……うん」


 これで一本勝負は俺の勝ちに終わった。


「これだけ体を動かすと、なかなかにくるな」


 30歳に若返っているし、普段水くみや鍛冶仕事やでそこそこ体を動かしているとは言え、やはりオッさんの身体でほぼ全力はこたえるものがある。普段動かさないところ動かすしな。一昨日の襲撃の時は斃すことに集中できたから、もっと動きに無駄がなかったので、ここまでではなかった。


「エイゾウさん、それでもまだ完全に本気じゃないでしょ」


 恨みがましい目でディアナがこちらを見てくる。


「ん? まぁな。完全に本気を出すのは、命のやり取りがあるときだけだ」

「本気じゃないのに、全然太刀打ちできなかった……」

「いや、でもディアナさんも結構やるじゃないか」


 これは俺の素直な感想だ。齧った以上に学んでいるなら、これでも十分だと思う。


「エイゾウさんにかかったら、“剣技場の薔薇”とまで呼ばれた私が“結構やる”どまりなのね……」


 あれ? なんか認識がズレている気がするな。


「サーミャ」

「ん? なんだ?」

「俺ってそんな強いのか?」

「何言ってんだ? めちゃくちゃ強いと思うぞ? 少なくともアタシは100回やって1回も勝てねぇよ」

「えっ」


 そこにリケも口を挟む。


「そもそも、ヘレンさんのあの剣を受けてなんともない時点で、相当の手練だと思いますよ」

「えっ、そうなの?」


 俺はてっきり、あれはヘレンが手加減してるんだと思っていた。貰ったチートも、護身用の最低限だと思ってたし……熊を倒せるくらいの護身用ってなんだよ、って話はあるか。いや、でもそれくらいでないと、この森じゃ暮らせないしな。


「ヘレンって、あの“雷剣”のヘレン?」


 俺がショックを受けていると、ディアナがそう聞いてくる。


「あ、ああ、確かそう言ってたな」

「ヘレンの剣を受けて立ってたの?」

「四半時くらい打ち合ったかな……」

「そんなに!?」


 なに、ヘレンってそんなめちゃくちゃ強い子なの。確かに強いなとは思ったけど。


「雷剣のヘレンって、剣が素早すぎてついた二つ名なのよ。それで傭兵として名を馳せて、貴族の間でも知っている人間は多いわ」


 ディアナが説明してくれた。俺は衝撃から立ち直れてない。


「そのヘレンの剣を受けて大丈夫どころか、打ち合いまでするなんて……」


 ディアナはディアナで別の衝撃を受けているようだ。俯いて何か考え事をしている。


「と、とりあえず終わったし家に戻ろう。な?」


 俺が帰宅を促そうとディアナの肩に手を置こうとしたが、そこに肩はなかった。

 下を見やると、足を折り、地に伏すような姿勢で手を地面について頭を下げるディアナがいる。この姿勢、前に見たな。土下座だ。やっぱりこの世界って土下座あるんだなぁ……。

 俺はこの後予想できる事態から目をそらすことに注力するのだった。

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