ディアナが手紙を持ってきた。まぁ、この世界だと前の世界みたいに信書開封罪みたいなものはないだろうしなぁ。万が一を考えてか、封蝋に紋章は入っていない。俺はナイフで封筒を開ける。
『カミロ殿 貴殿のことであるから、都で起きていることのおおよその状況は掴んでいることと思う』
という書き出しから始まった手紙は、さっき俺たちがディアナから聞いたような内容が綴られていた。そして、最後の方に
『ついては、私の妹、ディアナをある人物に預けたい。私は住んでいる場所を知らないのだが、私の剣を打った鍛冶屋だ。彼は辺鄙な場所に住んでいると聞く。彼のところであれば身を隠すのも容易だろう。彼は貴殿のところに商品を卸していると言うし、彼が来るまで妹を預かってはくれないだろうか』
とある。この後も多少続いているが、ここが読めればとりあえずは良い。
「これで確定したな。マリウスさんはディアナさんをうちに預けるつもりだった。だから1つ手間が省けた、ってことだ」
更に言えば、ディアナがカミロのところに行かずに済むということは、その分足取りが追いにくくなるので、これはちょうど良かったのかも知れない。追手の壊滅に気がついた頃には、痕跡はだいぶ消えてしまっているだろうし。
俺の言葉を聞いて、全員が頷く。
「なので、ディアナさんにはしばらくうちにいてもらう。家の周りの木の生えてないとこまでなら、一人でうろつくのは構わないが、それより遠くの場合は俺かサーミャを連れていくこと。でないと狼に食われる」
「わかりました」
「男に相談しにくいことは、サーミャかリケに相談してくれたら良い」
「よろしくお願いしますね」
ディアナがサーミャとリケに向かって頭を下げる。
「おう、遠慮なく聞いてくれよ」
サーミャが笑いながら返す。
「ああ、そうだ、ついでで悪いが聞いておこう。ディアナさんはなんで俺たちみたいな、普通の庶民にまで丁寧に接するんだ? 駄目と言うわけじゃないが、貴族なんだから、もっと砕けて接してくれていいんだぞ?」
俺は気になっていることを聞いてみた。こっちがめちゃくちゃに無礼なのは心の棚に上げておく。
「命の恩人だから……ですかね」
「うーん、もしかすると、これからここでの生活も長くなるかも知れないし、別に砕けた態度だからってスキあり!とかは言わないから、できれば砕けた態度してくれたほうが、お互い楽で円滑に暮らせると思うんだが……」
「わかりました……じゃない、わかったわ。貴方がそう言うなら、そうする」
「おう、そうしてくれ」
やれやれ、これで少しはのんびりした生活に近づけられるぞ。プチ亡命者みたいなのを匿っておいて、のんびりも何もないもんだとは自分でも思うが。
「よし、じゃあ今日は疲れてるだろ。今日のところはさっさと寝ちまおう」
「はーい」
「おう」
「はい」
三者三様の返事が返ってくる。こうして盛り沢山な一日はようやく終わりを告げたのだった。
翌朝、朝に一番早く起きるのは水汲みに行く俺だ。一度リケが「そういうのは弟子の仕事」とやろうとしていたのだが、こういうのがないと体をあんまり動かさなくなるような気がして、ずっと俺が続けている。行って戻っておよそ半時ほどだ。帰りは瓶2つに水も入るから、それなりの運動にはなる。
帰ってきたら、サーミャとリケが起きてきているので、汲んできた水で3人で顔を洗うのが日常だったが、今日からはそこにディアナも加わって4人で顔を洗い、歯を清める。俺が朝食の準備をしている間に、女性陣が洗濯をする。前の世界みたいに、トースターでパンを焼いてる間に卵料理、とか無理だから、準備の時間で十分に洗濯は可能だ。
洗剤は木炭を燃やしたときの灰をとっておいて、専用の瓶に水と一緒に入れておいたものである。前の世界でも洗剤に使ってたらしいし、それなりに理に適っているのだろう。探せばムクロジみたいなサポニンを含んだ植物もあるに違いないが、それを探すのはだいぶ先の話だな。
朝飯は麦粥と、塩漬け肉のスープだ。このスープは多めに作っておいて、昼飯、夕飯と具材が多くなっていくようにしてある。これにより、調理の手間をなるべく少なくしているのだ。3人(今日からしばらくは4人)でワイワイと食事を摂りながら、その日の予定を決めるのも、朝食時の大事な役割の一つである。
この日から3日はショートソードとロングソードの製作をすることに決まった。これならサーミャがディアナに教えることもできるからな。サーミャが教えながら、ディアナと2人で木型に粘土を塗りつけて、型を作っていく。
粘土もそのうち仕入れるか探すかしないといけないかもなぁ。湖があってそこで水が湧いてるということは、不透水層があるってことだろうから、そこまで掘って粘土層があればそれを使うか。粘土混じりの土、ってくらいの感じでも用途には十分だからな。まぁコレも今は後回しだ。
その後の工程は変わらない。手伝いにディアナが増えただけだ。バリ取りまではサーミャとディアナがやる。ディアナは貴族のお嬢さんの割に、ハンマーを振るう力はなかなかのものだ。逃げてきた時に胸甲とかつけてたし、そもそも追っ手に襲われて俺たちが駆けつけるまでは1人でなんとかしてたんだから、剣の腕に覚えがあるんだろう。後は俺とリケがそれぞれ仕上げていく。その間にサーミャとディアナが次の用意だ。
この日の出来はなかなか良かった。効率的には前と変わらないくらいだが、1人慣れてないのが入ってこれなら全然問題ない。ディアナができたばかりのロングソードに興味を示したので、許可して振らせてみる。俺のチートと比べると落ちるようだが、それなりに剣術を習っていたようで、サマになっている。
「結構やるじゃないか」
「ありがとう。でも、まだあの時のエイゾウさんに勝てる気がしない」
あの時ってのは助けた時のことだな。
「エイゾウはこう見えて強いからな……」
サーミャが混ぜっ返す。
「こう見えては余計じゃないか?」
俺は口をとがらせて反論する。しかし、
「でも鍛冶屋があんなに強いって普通は思わないですよ、親方」
サーミャにリケの援護射撃が飛んできたところで、俺はわざとらしく肩を落とし、みんなで笑うのだった。