「ディアナさん」
「はい」
「お兄さんの言う“とある方”ってのは、多分俺のことだ」
「えっ!?」
ディアナは怪訝な顔をしている。だよな。助けてくれた人が実は探してる人でした、なんて都合のいい話がそうそうあるわけがない。俺だって同じ状況で言われたら、「おお、そうですか! そいつぁ好都合ですな!」とはならないだろう。でも、ほぼ間違いなくそうなのだから仕方ない。
「俺たちの家ってのは、この黒の森の中にあってね。余程でないと来られないはずだから、ディアナさんが逃げていて、匿うというなら一番いい場所かも知れない」
「その方に会うには、まずカミロという商人を頼れ、と兄は言っていました」
「じゃあ、間違いない。俺が商品を卸しているのはカミロのとこだけだし、うちの場所を知ってるのも、カミロともう1人だけだ」
実際にはヘレンの方は直接うちに来て、正確な位置を知っているから、彼女から漏れていれば話は別だ。とは言っても、ホイホイ漏らすようなヤツで無いと思うし、言った2人だけと思っていいだろう。
「お名前を聞かせていただいても?」
ディアナがこちらをじっと見つめながら言った。そういえば名乗ってなかったな。
「ああ、すまない。俺はエイゾウと言う。こっちの獣人がサーミャで、このドワーフはリケだ」
サーミャとリケが軽く会釈する。タンヤの方は今は名乗らない。
「エイゾウさん……」
ディアナは俺の名前を繰り返す。思案顔なのは思い当たるからなのか、それとも思い当たらないからなのか。見ているだけの状態では分からない。
「とりあえず、追っ手を倒して2日くらいは時間稼ぎができてるんだろ? だったら、今日の1日は一旦うちに来ておいても良いんじゃないか?」
俺はそうディアナに促す。あまりここでモタモタしているわけにもいかんのだよな。この状況で巡回が来ても説明は不可能じゃないが、そもそもそんなことになるのが面倒だし、なにかボロでも出したら目も当てられない事態に陥るのは確実だ。
「……分かりました。今日のところはお世話になります」
「よし、じゃあサーミャは周辺の警戒。俺とリケで荷車を引こう。ディアナさんはできればサーミャと一緒に周辺警戒してくれ」
「分かりました。お願いしますね、サーミャさん」
「おう」
こうして俺たちは移動を開始する。流石にこのままここから森に入るわけにはいかないので、いつも入る辺りよりも更に15分ほど進んでから森に入った。そして森に入って半時ほど経ったとき、みんなに声をかけた。
「一旦休憩するか」
「おう」
「はい」
「わかりました」
三者三様の返事が返ってくる。俺はディアナに水を渡して、サーミャを呼ぶ。
「サーミャ、ちょっと」
「ん? なんだ?」
サーミャはすぐにやってきた。
「後をつけられてないか分かるか? 俺は何も感じてないが」
小さな声でサーミャに聞く。
「んー……いや、そういうのはなさそうだぜ? 匂いも気配もない」
言われたサーミャは、集中して鼻をヒクヒクさせていたが、すぐにそう答えた。
「そうか、なら良かった」
遠くから監視してるやつがいて、尾行されていたらどうしようかと思ったが、どうやらそれはなさそうだ。俺達が大人数で荷車もあるとは言っても、森の中で見通しがきかないし、尾行は相当困難だろうとは思うが、念には念だ。
その後も警戒しつつ進んだため、いつものたっぷり1.5倍は時間をかけて我が家に辿り着いた。
「ディアナさん、済まないが先に荷物を降ろさせてくれ」
「もちろん構いませんよ。わたくしも手伝いましょうか?」
「うーん……」
まぁ、客であって客でないようなものだし、それくらいは良いか。鍛冶仕事なんかはさせられないが、働かざる者食うべからず、だ。
「じゃあ、お願いしようかな。どれをどこに持っていけばいいかは教えるから」
「はい」
そうしてディアナにも手伝ってもらって、鉄石と炭を作業場に運び込み、塩やその他は家の方に運び込む。ディアナの手伝いもあってか、いつもよりはやや早く片付いた。寝具はまだ寝具がないベッドにそれぞれ配置する。これで全部のベッドが使えるようになった。サーミャとリケは寝室の荷物を自分たちの部屋に運び込む。そうしないと俺が寝室に移れなくて、客間にディアナを入れられないからな。その情景を見ながら、
「狭い家だが、しばらくは我慢してくれ」
と俺がディアナに言うと、ディアナは
「いえ、黒の森の中にこんな場所があったんですね……」
と感心したふうに返してきた。
「まぁ、君のお兄さんが言っていたように、住み着いたのは割と最近だがね。……と、片付いたみたいだから、客間に案内しよう」
「はい」
客間(元書斎)に案内する。ベッドは宮付きなのでちょっといい感じに見える。つけててよかった。
「そんなに豪華な部屋じゃないが、元々そんなに客が来ることは想定してなくてね。一介の鍛冶屋の家にしては豪華だと思ってくれるとありがたい」
「いえそんな。十二分に立派な部屋だと思います」
「とりあえず、装備を外して、旅の埃を落とすと良い。あとでサーミャかリケに湯を持ってこさせよう」
「すみません、助かります」
俺は手をひらひらと振って部屋を出た。
さて、これからどうしようかな。ディアナにもう少し詳しい事情を聞く必要はあるだろうが、聞いてしまうと多分戻れないよな。あとは話だけ聞いているとディアナは貴族のお嬢さんっぽいんだが、俺みたいな鍛冶屋にも腰が低くて丁寧なのが気にかかる。お兄さん――マリウス氏に話を聞いていたから、というだけなんだろうか、あれは。それにしてはサーミャにも丁寧に接してるしなぁ……。ともかく、晩飯が終わってからででも、ディアナに聞いてみないとな。
俺は自分の埃を落とすべく、新たに自分の部屋となった寝室へ向かうのだった。