街へ行く日が来た。今日はカミロの店で商品を卸して、寝具を引き取ったら帰るが、マリウス氏の剣の状態も気になるので、確認もしておきたい。
荷車に作成した在庫をくくりつけて積載する。1週間鍛冶仕事はしなかったとは言え、積載量がいつもより多いので、重さがあるが俺とリケで引っ張る分にはほとんど誤差だ。
「2週間前の帰りにあんなの見たからな。今日は行きも十分注意していこう」
「わかりました」
「おう、任せとけ」
俺も腰にはショートソードをさげていくことにした。前にヘレンのショートソードにぶつけたのを打ち直したやつだが、切れ味は十分すぎるくらいあるから、護身には役立つだろう。いつもより慎重に進む。狼ならまだしも、賊であれば普通の人がこんなところを通行する、と思っているとは考えにくいが、用心するにこしたことはない。途中一回の休憩を挟んで、森の出口までは普通にやってこられた。一旦そこで停止して周囲を窺う。
「どうだ? 俺は何も感じないが」
気配であれば、俺でも集中して感じることができる。しかし、熟達者に気配を殺されてしまえば、分からなくなるだろう。そこらの賊にそんな真似ができるとは思えないが、それが出来るやつが居たら危ないしな。ここは消そうにもなかなか消せない、匂いを感知できるサーミャに聞いてみる。
「アタシも感じないな。血の匂いも人の匂いもない」
「それなら大丈夫か。街道も気をつけて進もう」
「おう」
気配を見落とさず、異常があればすぐ対応できるくらいの速度で街道を行く。用心しながらなので、いつもより歩みは遅いが、街へは無事にたどり着いた。立っている衛兵は今日もマリウス氏ではない。マリウス氏と一緒に剣を買いに来た同僚氏だ。
「こんにちは」
「おお、あんたらか。こんちは」
「最近、マリウスさん見ませんけど、何かあったんですか?」
俺は単刀直入に尋ねる。遠回しに言ってもあんまり意味なさそうだしな。
「あー……あいつはちょっと前から、都の方に行っててな」
やや言葉を濁し気味に答える同僚氏。まぁ答えにくいなら仕方ない。他から聞くまでよ。
「そうですか。いえ、剣の調子が気になったもので。あなたも気になってきたら、カミロの店に行って相談してみてください」
「おお、そうか。いや、何回か使ったが今のところは平気だよ」
「そうですか。それは良かったです」
俺はニコニコしながら応えたが、内心でヒヤッとしたものを感じてもいた。俺が作ったものが
そんな決意は胸にしまったまま、同僚氏に続ける。
「そういえば、2週間前にここから1時間ほど行った森の辺りで血の跡を見かけましたよ。森の方に引きずられたような跡も」
「ああ、ちょいちょい報告あったな。最近は巡回を増やしてるからか、なんともないが、また何か見かけたら次来たときでいいから教えてくれ」
「わかりました。それでは、マリウスさんにもよろしくお伝えください」
やはりこの街の衛兵隊は、俺の思っているよりずっと勤勉だ。待遇が良いのかな?
俺たちは同僚氏に会釈をして、街へ入る。今日も大通りは荷馬車や荷車を引く人が大勢いて、活気がある。その大通りから少し外れたところにカミロの店はあるので、俺たちがそっちの方へ曲がっていくと、人通りが極端に減る。暗いとか、極端に狭いというわけではなく、用のない人間があまりウロウロする感じのところではない、というだけである。そこをゴロゴロと荷車を引きながら俺たちは進んでいく。そう大した時間もかからずに、カミロの店についた。
荷車は倉庫のそばに回しておいて、そこから店の人を呼び、倉庫の扉を開けてもらったら中に荷車ごと突っ込んで、カミロを呼び出して貰いつつ、2階の商談部屋(とは俺がそう呼んでいるだけなので、実際カミロたちがなんと呼んでいるかは知らない)へ入ってカミロを待つ。程なくしてカミロと番頭さん――と俺が内心呼んでいる人――がやってきた。部屋に入って開口一番カミロが言う。
「待たせたか?」
「いや、全然」
「商品はいつもの通り?」
「ああ。ナイフと長短両方の剣とを倉庫に入れてある。2週間分には足りないが、1週間分としてはちょっと多いくらいだ。もし余分が出たら置いといてくれ」
「いや、2週間でお前のやつは全部売れてな。持ってきたやつは引き取るよ」
「そうか。それはありがたい。で、寝具とかは手に入ったか?」
「そっちは問題ない。2セットだったか?」
「それが、あるなら3セット欲しいんだ」
ベッドを作るときまで、客間のことを完全に失念していたので、1セット分寝具が足りないのだ。まぁ、今日ここになくても、次までに揃えてもらうか、自由市あたりに行って調達するかだが。
「ああ、確か在庫はあるはずだ。じゃあ、それといつもの鉄石と炭と、塩とワイン、でいいか?」
「すまんな、助かる」
「なに、お互い様よ」
話がまとまったので、カミロがちらっと番頭さんに目配せすると、番頭さんは頷いて部屋を出ていった。
番頭さんが部屋を出ていったのを確認した俺は切り出した。
「ところでカミロ、都の方でなんか起きてるのか?」
「どうしてだ?」
「懇意にしている衛兵さんが、しばらく前から都に行って戻ってきてない、って聞いたからな。街を守る衛兵が都とは言え、他所の街に行くの自体がそうあることじゃないし、それが里帰りだとしても、そんなに長くはならないだろ? その人には俺のナイフとかを買ってもらったり、その他にも色々と世話になってるから、ちょっと心配でな」
「なるほど……」
まくしたてる俺の言葉に、カミロは考え込む。考え込んでる時点でどこまでかはともかく、何かを知っていると白状したも同然だが、彼は商人だし、その辺りは分かってやってるんだろう。
やや重い沈黙が部屋に充満する。やがて、カミロは少しだけ教えてくれた。
「今、都の方はきな臭いことになっている。国王様がどうこうと言うよりは、もう一つ下の上級貴族連中だな、その辺で何か起きそうな感じだ。多分その衛兵さんはその辺りに関係があるんだろう。……これ以上はお前のためにも言うわけにはいかん」
「そうか。すまんな、ありがとう」
「気にするな。くれぐれも余計なことに首を突っ込むんじゃないぞ」
「わかったよ。それより、言われてないから情報料はタダで良いんだよな?」
「あっ、お前そういうところ商人よりえげつないな!」
そう言って俺とカミロは笑い合う。互いに互いがその都のゴタゴタには巻き込まれないように、そう祈りながら。