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納品

 この日は結局その1本だけを打って終わることにした。もう1本は明日だ。リケもナイフを仕上げたので、火床の火を落として今日の作業は終わりにする。片付けをしている間に、サーミャが採集から帰ってきた。


「ただいま」

「おかえり、どうだった?」

「ん~、まぁまぁかな」


 サーミャがおろした籠の中には解熱と化膿止めの薬草と、リンゴに似た果実、それと木イチゴのような果実が入っている。


「なんだ、結構採れたじゃないか」

「時期が良ければ、もうちょっと採れた」

「いやぁ、薬草はともかく、果実はこれ以上あっても腐るし、これで良いよ。ありがとうな」


 むくれ気味のサーミャをフォローしておいた。


 夕食はいつもの感じのメニューにリンゴ(に似た果実)をつけて、ほんの少しだけ豪華になった。


「ああ、これ初めて食べたけど美味いな」


 その果実を食べて、俺は言う。味もほぼリンゴだが、当然のことながら品種改良なんてされてないので、甘さはそんなにない。前の世界でもそんなにしょっちゅうは食べなかったが、それでも馴染み深い味というのは、ホッとするものである。


「たまに、めちゃくちゃ酸っぱいのがあるんだけどな」

「ああ、ありますね。子供の頃に、どれが酸っぱいやつか、とかやりましたよ」


 サーミャとリケが言う。まぁ自然のものだとそうだろうなぁ。そのうち加熱調理したものも試してみたいところだ。

 この日はサーミャとリケが食べてきた果物の話をして盛り上がった。ミカンぽいのとか、スイカみたいなのもあるみたいなので、そのうちカミロに頼んでみよう。


 翌日。俺とリケは今日も鍛冶仕事、サーミャは何か獲物を獲ってくるらしい。サーミャのサイクルを狩り→手伝い→採取→狩り→手伝い→街→休みにして、週一で休むのはありかも知れない。元々はその予定もあったしな。今後の予定として頭に入れておこう。

 さて、今日は2本目の製作にとりかかる。とは言ってもやること自体は昨日と全く同じだ。昨日は探り探りだったが、今日は昨日と同じでいい、というのが分かっているので、昨日と比べて3時間近く早く片付いてしまった。

 せっかくなので、昨日のと合わせてショートソードに装飾を施すことにする。表面を整えたのと同じ道具で、刀身の真ん中を平らにしていく。少しでもずれると重量バランスが崩れるので、慎重に作業をしなければいけない。平らにし終わったら表面を綺麗にして、軽く振っておかしくなってないか確認だ。やってみたが特に振り抜きなどで違和感が出るようなことはなかった。

 平らにした部分にタガネで意匠を彫り込む。これもバランスが崩れてはいけないので、チートの力を借りて重さのバランスが狂わないように入れていく。2本ともに入れたあと、バリが出ているのを落とす。ここまでやっていたら、ちょうど稼いだ時間ぐらいまるまる使ってしまった。前の世界でもプラモとか作ってたし、こういう作業好きなんだよなぁ……。


 この日サーミャが獲ってきたのは鳥の方だった。下ごしらえが終わったら、芸がないがチキン(葉鳥だが)ステーキにする。その代わり今日は昨日サーミャが採ってきた木イチゴ(のような果実)と、うちにあるワインを使ってラズベリーソースのようなものを仕立てた。


「おお、すげぇなエイゾウ!」


 サーミャが飛び跳ねるかのように喜んでいる。時々すごく子供っぽいんだよな。肉体的には25歳でも、精神が5歳とは言わずとも25歳には到達してないんだろう。


「こら、行儀が悪いぞサーミャ」

「だってこんな凄いのめったに見ねぇもん」

「そうですね。私の工房じっかでも、こんなのはめったに出ません」


 リケも今日の料理にはちょっと驚いているようだ。聞いたことはないが、リケはおそらく人間で言えばそこそこの年齢だろう。今まで大きく取り乱したことがない……鍛冶に関わるもの以外は、だが。


「まぁ、今日は俺の初の特注品完成日だからな。お祝いだ」

「なるほどねぇ。そりゃ、おめでとうだ」

「ありがとう」

「私からもおめでとうを言わせてください」

「ああ。リケは少し手伝いもしてもらったからな。ありがとう」


 この日の夕食は飲み物にワインも注いで乾杯し、それなりに盛り上がる夕食になったのだった。


 翌朝、俺が水を汲んで戻ってくると、見たことのある姿が家の前にいる。


「またずいぶんと早いな」


 俺は声をかけた。相手はニカッと笑うと、


「今日見られると思うと、いてもたってもいられなくってさ! 夜明け前から急いできたんだ!」


 赤髪の長身――ヘレンがそう言った。目がキラキラしている。夜明け前からの行動しててこのテンション。どんだけ元気なんだ。


「朝飯とかまだなんだろ? 食ってけよ。俺たちも今からだ」

「おっ、良いのか?」

「客を外に放り出したまんま、のんびり朝飯食ってられるほど、図太くないんだよ、俺は」


 俺とヘレンは家の方に入る。


「そのへんに座っててくれ」

「あいよ」


 ヘレンはとテーブルの椅子に腰を下ろす。俺は台所に水瓶を下ろすと、朝飯の準備にかかる。

 その後は、この日の朝食はいつになく騒がしかった、とだけ言っておこう。


 朝食を終え、ヘレンに急き立てられて、全員で作業場にやってくる。


「さて、お待ちかねの品はこいつだ」


 布でくるんだショートソード2本をヘレンに渡す。


「見てもいいか?」

「もちろん」


 ヘレンはバッと布を引っ剥がすのかと思いきや、そろそろと壊れ物が包まれているかのようにゆっくりとほどいていく。解いていくごとに現れる刀身と、それに従って目に見えてヘレンのテンションが上っていく。

 とうとうその全貌があらわになる。鋼がキラリと光り、刀身の中央にははしる雷が彫刻されている。他はいたってシンプルな実用一辺倒な作りになっていて、柄頭に座る太った猫の彫刻があった。それが2本ある。


「雷剣って言ってたからな。二つ名を装飾に入れさせてもらった。ちょっと振って具合を確かめてくれ。バランスは崩してないはずだ」


 俺がそう言うと、ヘレンは恐る恐る両方の柄を握り、ヒュンヒュンと音がするほど速く振り回す。不思議と危なさは感じないが、あの中にちょっとでも入ればあっという間に切り刻まれてしまうだろう。

 舞うかのような試しはしばらく続き、やがてピタリと止まった。ヘレンは肩で息をしている。


「どうだ?」


 俺はヘレンに声を掛ける。ヘレンは俯いている。剣を放り投げ……ようとして、作業場の床にそっとおいたかと思うと、


「すげぇ! すげぇよこれ! 完璧だ!! やっぱりアンタに頼んで良かったよ!」


 そう叫びながら、俺を抱きすくめる。


「そうか、喜んでもらえ……いてててて! いてぇよ!!」


 全力で俺を抱きしめつづけ、それはリケとサーミャが無理矢理引き剥がすまで続いたのだった。

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