「はいはい、今開けますよ」
俺は扉に向かって声をかける。すると扉を叩く音が止んだ。大きくため息を付きつつ、
ゆっくりと扉を開けると、旅装の女性がそこに立っていた。赤毛の髪を短くし、体は要所を金属(多分鋼だろう)で補強した傷だらけの革鎧で覆われている。腰には道具袋と、ショートソードを2本下げ、マントを羽織った背中には色々な道具が入っているのだろう背嚢を背負っている。背はずいぶんと高い。180cmくらいあるかも知れない。パッチリとした目で、顔には刀傷があった。
「いらっしゃい」
多少面食らいながら俺が声をかけると、女性は破顔一笑して名乗る。
「アンタがカミロのところの武器を作ってる職人か? アタイはヘレンってんだ」
「その通り。俺はこんなとこで鍛冶屋やって、武器を作ってるエイゾウだ。とりあえず入ってくれ」
「ああ。ありがとう」
作業場にあるスペースに案内し、置いてあるテーブルに向かい合わせに腰を下ろす。サーミャは俺の後ろでずっと警戒を解いてない。多分大丈夫だろうとは思うが、俺はそのままにしておいた。
「とりあえず、ここまで一人で来たのは間違いないな?」
「ああ」
頷くヘレン。俺はチラッとサーミャを見る。サーミャも頷いた。俺も周囲に気配は感じない。
「途中、狼とかには襲われなかったか?」
「いや? 兎みたいなのは見かけた。アレかわいいな」
うむ。確かにかわいいが、俺たち昨日食ったな。おそらく狼たちはヘレンが強いと判断したのだろう。ヘレンは続ける。
「で、ここを見つけるのが大変だったけど、煙が見えたんで来れたんだよ」
ああ、鉄を吹いたときの煙を辿ったのか。それでもここまで来るのは生半可なことではないし、これは約束を果たしたと見ていいだろう。
「じゃあ、約束通り剣を打つが、どういうのがいいんだ?」
俺がそう言うと、ヘレンは腰の剣を両方鞘ごと外してテーブルの上に置いた。
「アタイは今傭兵をしている。そこで使ってる得物がこの剣なんだけど、もっと頑丈なやつが欲しいんだ。戦場だとろくに手入れできないことも多いし、その状態でもちゃんと使えるかどうかが命を分ける」
「なるほど」
女性で傭兵かぁ。色々苦労も多いんだろうな。どうしても顔の刀傷が一番目立つが、あちこちに大小様々な傷がついている。
「……この剣を見てもいいかい?」
「ああ。構わないよ」
俺は2本の剣を両方共鞘から抜いて見てみた。まだ実用に耐えうる状態だし、いい作りをしている。ただ、片方が若干傷みが進んでいるようだ。
「いい剣だ。打ったやつは良い腕してるよ。弟子に見せるのは?」
「別に構わないよ」
俺はリケの方を見た。リケは近寄ってきて、2本あるうちの片方を見る。
「たしかに良い腕です。これ以上の物が欲しいとなると、確かに親方に頼むしかないかも知れませんね。少なくとも私は親方しか思い浮かびません」
「ドワーフに言われるってことは、やっぱりアタイの見込んだ通りの腕ってことだね!」
リケの感想に乗っかって、ヘレンが言う。声がデカい。うちは周りに何もないからどんだけ大声を出そうが関係ないが、耳鳴りがするかと思うくらいの大声だ。戦場とかだと声が通らないのが致命的だったりするんだろうなぁ、とは思うがもうちょい遠慮してほしいもんである。
「そんで、どういう使い方をするんだ?」
「どうって?」
「いや、実戦でどう振るうのかを知りたい。打つときの参考にする」
「そうだなぁ……言葉では難しいから、実際に見せてもいいかい?」
「ああ」
ヘレンが先に外に出て、俺とサーミャ、リケが続く。作業場の扉を出た先は下生えもそんなになく、そこそこの広さになっているので、そこで構えたり、剣を振るったりしてもらう。
ヘレンは二刀流だった。とは言っても、両方を同じように扱うと言うよりは、片方で牽制してもう片方で斬りつける、みたいな動きだ。驚くほど動きが速い。あれだと牽制に使ってる方が早めにダメになるだろう。傷みの差があんまりないのは、ローテーションしてるとかなんだろう。
「うーん……」
すごい速度で剣を振るっていたヘレンが動きを止めた。
「どうした?」
「相手がいないといまいち……。そうだ、アンタ相手してくれよ」
「俺か?」
「そう」
「サーミャ……こっちの獣人の子じゃダメなのか?」
「アンタのほうが強そうだから」
「ううむ」
どうしよう。チートがあるから、多分それなりには相手できるとは思うが……。まぁいいか。見せてもらうだけだし、そんなに本気で打ち込んで来たりはしないだろう。それに、直に受けたほうが見えるものもあるかも知れない。
「よし、わかった。サーミャ、その剣貸してくれ」
「え、でも」
「大丈夫だよ」
俺がそう言うと、サーミャは渋々といった感じではあったが、持っていたショートソードを渡してくれた。
「よし、それじゃ始めるか。手加減してくれよ」
俺はそう言いながらショートソードを構える。
「そんなの、冗談……だろっ」
しかし、ヘレンがすごい速さで打ちかかってきた。
「うおっ!?」
俺はそれを受ける。だがしかし、それは牽制の方だ。もう片方がやはりすごい速さで襲いかかってくる。俺は手首を返すようにしてそれを受けると、手首を戻す動きでヘレンに斬りかかる。
「おっと!」
ヘレンはそれを牽制の方の剣で受け、もう片方で俺の空いている胴を狙うが、剣が届く前に俺は一歩引いて間合いの外に出ている。
「アンタやるじゃん」
「いやいや、勘弁してくれよ……」
ニヤッと笑ってヘレンは先程にもまして速いスピードで打ちかかってくる。俺はそれを受け流す。
そういったことをおおよそ15分ほど続けた。
「いやぁ、アンタ強いな!」
デカい声でヘレンがそう言って動きを止める。
「動きを見るだけだってのに、本気で打ちかかってくるなよな……」
「本当は最初の2~3撃を寸止めで終わらせるつもりだったんだけど、“雷剣”のアタイの剣を受けられるやつなんて、そうそういないから、ちょっと熱くなっちまった! ごめんな!」
戦闘民族脳は勘弁してほしいものである。
「まぁ、今ので良く分かったよ。そうだな……2日後に完成させられそうだから、また3日後に来い」
「ん、今日は帰らなきゃダメか?」
「残って何するんだよ」
「休憩したらまた打ち合い」
「それじゃ俺が剣を打てないだろ! さぁ帰った帰った!」
「あ、待って! 水だけくれぇ~……」
そうして、水を補給したヘレンは一旦街に帰っていった。
さて、特注の剣を打ってやらなきゃな……。