翌朝、水汲みをこなした俺は、サーミャ、リケと一緒に街へ行く準備をしていた。
「今日は武器を卸して、鉄石と炭を仕入れたら、あとは塩くらいですぐ帰る予定だが、なんかしておきたいこととかあるか?」
「いえ、私は特には」
「アタシもないよ」
「そうか。じゃあまっすぐ帰ることになるかな……。その分は作業時間にあてよう」
「わかりました」
「おう」
在庫の輸送は俺とリケで分担する。パッと見には小さい女の子のリケだが、ドワーフだけあって筋力はめちゃくちゃある。サーミャも虎の獣人で力はあるのだが、護衛だから、あまり余計な荷物は持たせたくないのだ。
3人で"黒い森"の中を行く。今日も何事もない、かと思っていたが、2回ほどサーミャが森狼の気配を感じ取って移動を中止したり、ついでに休憩をとったりした。
「俺が熊を始末しちゃったからかねぇ」
「それもなくはないけど、アイツらそろそろ子供生まれる時期なんだよ」
「母親に食わせる分か?」
「そう。後一月もしたら、子狼連れてるところが見られるかもな。かわいいぞ。あんまり近づくとダメだが、遠くから見てるだけの分にはなんもしてこない」
「聞いてると、この森の狼はずいぶん大人しいのね」
リケが疑問を口にする。それは俺も思っていた。人間がいたら襲いかかってくるのかと思っていたのに、積極的にちょっかいをかけなければ、この森の狼は何かをしてくることはないようなのだ
「ああ、ここはなんだかんだ言って、樹鹿だの草兎だの、獲物が多いから、そっちを狩ればいい。木が多いから逃げ場所を限定しやすいし、狼たちにとってはそんなに難しい狩りじゃないな。それと……」
「それと?」
「アタシとエイゾウは強いからだよ。リケはどうかな。ともかく街にいるような普通の人間は襲われる。簡単な話、一番弱い獲物だからな。前に人の匂いがするやつは襲われにくい、って言ったけど、あれは森の近くに住んでるようなやつの場合さ」
「なるほど。私はあまり一人では出歩かないほうが良さそう」
「そうだなぁ。出るときはアタシかエイゾウを連れてったほうが良いな」
見た目に反して筋力も度胸もあるリケではあるが、別に武の腕が立つ、というわけではない。森狼に襲われるリスクを考えたら、俺かサーミャを連れていってくれたほうが良いだろう。
「それにしても、身重の母親の分の獲物も獲るって、森狼はえらく家族思いなんだな」
今度は俺の思ったことだ。
「頭もいいからなぁ。
「ホントにそうなのか?」
「まさか。でもそう思わせるくらいに、頭がいいのは確かだな。平地にいる狼とは比べもんにならない、ってのは旅してきたやつに聞いたことがある」
「へえ」
楽に獲物が狩れるのに知恵を発達させてきたのか……。いや、楽だからこそ、知恵を発達させる余裕ができたのか?失敗率がそれなりに上がっても大丈夫、と言う試行錯誤が可能な余地が無いと、そもそも試したりできないからな。異世界はこういうところが面白い。
そんな会話を交わしながら、森の中を進んでいく。結局この後、街道から街まで特に何も起きなかった。街道でも週に1回程度しか行き来しないとは言え、野盗のたぐいに遭遇したことがない。サーミャやリケを除いたとしても、街で獣人や亜人が冷遇されている様子もないし、この世界は思いの外進んだ世界なのかもな……。もしかしたら壁内に入ると、様子が違っている可能性もあるけど、それをわざわざ確認するつもりもない。
今日の衛兵はマリウス氏ではなかったが、一緒にロングソードを買っていってくれた同僚氏だ。俺のロングソードの出来を
聞いていたカミロの店に行ってみると、思っていたよりデカい店だった。広さもだが、2階がある。
「大きいですねぇ……」
「うん。俺もちょっとビックリしてる」
こんな
「こうやって見ると売りもの、って感じがするな」
サーミャが感慨深げに言う。
「そうだなぁ。自由市だと販売台に置いてるだけ、ってなりがちだからな」
それに俺にはディスプレイのセンスもないからな。そんな俺でも、結構良い扱いをされているな、と感じるディスプレイだった。
そうやってあれこれ見ていると、カミロがやってきた。
「おう、来てくれたか。とりあえず、ついてきてくれ。奥で話そう」
「わかった」
俺たちはゾロゾロとカミロの後をついていく。2階に上がってすぐくらいの部屋に通された。商談とか会議のためにしつらえた部屋なのだろう、それなりの広さがあり、大きな机と椅子が並べてあった。カミロは俺たちに着席を促すと、対面側に自分も座った。全員が席についたので、俺から切り出す。
「今日はナイフとロングソード、それとショートソードも持ってきた。どれくらい引き取る?」
「ん? ああ、そっちは持ってきたやつ全部でいいよ。実際、結構売れてるんだ」
「そうなのか。なら良かった。にしてもデカい店だな。名が通った行商人だったのか」
「ああ、まぁそれなりには。あと、うちは一般市民にも旅人にも、同業にも分け隔てなく売るから、どうしても品数は増えるし、その分、店も大きくなるのさ」
なんか前の世界にも似た感じの店があったな。この世界で画期的ならぜひ繁盛してほしい。俺の武器がその一助になってくれると嬉しいのだが。
「なるほどなぁ」
「それよりも、だ」
カミロが真剣な顔つきをしている。鉄石が仕入れられなかったとかだろうか。
「ん?なんだ?鉄石が入ってないなら、また来るだけだから別に構わないぞ?」
「いや、そうじゃない。実はな、お前に特注で一本剣を打ってほしい、という依頼が来てるんだ」
「特注か……」
俺の打つ特注の性能を考えると、おいそれと打ってやるわけにもいかないが、しかし、それを言い続けていたのでは、いつまで経っても特注は身内専用ということになってしまうからな。どこかで誰かに提供する必要はある。
俺が考えこんでいるのを見て、カミロが言う。
「まぁ、お前がダメだと言うなら、俺の方から断っておく」
「これは、という人に売るのは、やぶさかじゃないんだがな……」
「そうなのか。じゃあ、多分大丈夫だな。剣の腕前も、人格も保証するよ」
「ふむ……」
しかし、自分でも見極めたい。とは言え、こういうことがあるたびに会いに来るのもなぁ……。あ、そうだ。
「じゃあ、俺の工房まで一人で来られたら、打ってやるってことでどうだ?」
「いいのか?」
「ああ、お前には場所を教えておくよ」
森狼がうろつく黒の森を、うちの工房(兼自宅)まで来られるなら、それなりに腕も立つと判断していいだろう。そういうやつになら、打ってもいい。
「じゃあ、そう言っておく」
「今後もカミロがいいと思ったやつには、同じ条件で教えていいからな」
「わかった」
「サーミャもリケも、すまんがそうさせてくれ」
「親方の言うことに異論なんてないです」
「アタシも右に同じ」
「すまんな、ありがとう」
そして、俺はカミロに家の場所を伝え、今回の取引に移るのだった。