解体した鹿の肉は今日すぐに食べる分だけ取り除けて、残りは干すのと塩漬けにするのとに分ける。干すのはまた作業場だ。干す作業はリケに手伝ってもらった。
「初めてここに入った時、なんで肉が干してあるのかと思ったら、こういうことだったんですね」
「そのうち貯蔵庫でも作って、そっちに干したいけどなぁ」
できれば炭小屋とか燻製小屋なんかも欲しい。俺、一大事があったら炭小屋に隠れるんだ……。
そうこうしている間に昼になったので、昼飯は麦粥に鹿肉ステーキと
昼飯が終われば鍛冶仕事である。型は昨日のうちに作ってあるので、鉄を流せば形はできる。魔法で炉に火を入れる時に、リケが言った。
「そういえば、親方は魔法が使えるんですね。さっきお昼ご飯のときも使ってましたけど」
「ああ。簡単なやつだけな」
「鍛冶とかもできるのにすげぇだろ。エイゾウは家名持ちなんだよ」
唐突にサーミャが割り込んで自慢している。いや、お前が自慢することなのか、これ。
「え、そうなのですか?」
「あ、ああ。俺は
「そうだったんですね。謝られることはありません。むしろ納得がいきました」
リケの隣でサーミャがドヤ顔をしている。わかったわかった。
「家名はなんとおっしゃるんですか?」
「タンヤだ」
「タンヤ。それでは私は、リケ・タンヤですね」
「なんでそうなるんだよ!」
後半はサーミャだ。
「だって親方の家名がタンヤということは、ここはタンヤ工房。ドワーフの慣習では、家名でなく工房名を名乗りますので、弟子入りした私はリケ・タンヤということに」
そう言われると、筋は通っているように思える。だが、
「わけありだからな。どうしても必要になったら、工房名はエイゾウってことにしてくれ」
「分かりました。では、リケ・エイゾウということで」
うーん、慣習とは言え、自分の名前を女の子が名乗るのは気恥ずかしいものがあるな。そう思っていると、
「ずるい!」
突然、サーミャがそう言い出した。
「アタシも同じの名乗る!」
「ええ……」
何言い出すのこの子。
「アタシもサーミャ・タンヤか、サーミャ・エイゾウって名乗っていいだろ!?」
「うーん」
リケはドワーフの慣習として、工房名を家名のように名乗る、というのがあるから仕方ないが、獣人にもそういう慣習があるってサーミャから聞いたことないんだけど……。
でも、ここで断る理由もない。サーミャは家族だし。そもそも、住まないかと言ったのは俺なのだ。
「まぁ、いいぞ」
「やった!」
俺が許可すると、サーミャはやたらはしゃいでいた。
そうこうしているうちに炉の温度が上がってきたので、
鉄が溶けたので型に流す。俺のやるほうはサーミャが、リケのやる方はリケが流した。流し終えたら炉の方は火を落としてしまい、火床の方に板金を入れて熱する。今はやってないが、そのうち誰かから個別に発注されたときは、折返し鍛錬とかやりたいな。
今日はナイフも“高級モデル”……のつもりだったが、せっかくだから、本気のものを作るか。工程自体は変わらない。いつもより遥かに集中し、丁寧に叩き、焼入れなんかもギリギリの温度を見極め、研ぎも指先の感覚に神経をとがらせる。
そうして出来たのが本気の”特注モデル”だ。
「すごいです! 素晴らしいです! 人間でこんなものが作れるなんて!」
リケは大興奮している。
「このナイフはリケにやるよ」
「いいんですか!?」
「ああ。
「分かりました。私もここを目指して精進します!」
「おう、頑張れ」
しかし、“特注モデル”でも作業時間は“一般モデル”の1.5~2倍に収まる。“高級モデル”なら“一般モデル”とは、ほぼ誤差レベルの作業時間に収まるだろう。そう考えるとこれからは原価もかかってくるし、リケの“一般モデル”と俺の“高級モデル”の二本立てとかでやっていくのが良いのかも知れないな。
その後はリケがナイフを作る。手際は俺と比べても遜色はない。ただ、確かに若干ではあるが、バラつきのある部分がある。コレだと使っているうちに弱い部分が先に壊れて、結果的に全体としてはその分脆いとか、硬くなりきれてない箇所の切れ味が落ちる、とかそういうことはあるか。俺は“チート”と“インストール”で、どこを叩けば均一になるか、また均一のまま、思ったとおりの形に作ることができるかは分かる。何気なく叩いていても、そこは間違いなく作業ができる。まさに“チート”だ。
それにさっき集中して作業した後によく見てみて気がついたが、“特注モデル”の場合はなんというか、鉄の組織が輝いているかのように感じる。そりゃ普通、鉄のナイフごときで丸太がスパーンと切れたりはしないからな……。何か変化が起きているんだろう、ということは分かるが、何が起きているのかは“インストール”にも該当する知識がなかったので分からない。この辺りは入れといてくれても良かったのに。
“チート”で分かったことをリケに教える。リケは真剣に聞いていた。しかし、細かい経験は実際にはリケのほうが遥かに上だから、奇妙な感覚だな。
次はロングソードだ。バリを取るところまではサーミャに任せる。
「やっぱ楽しいな、これ」
「そうか。手が空いてるときは頼むな」
「おう!」
そうして、後は俺が引き継ぐ。ナイフと違ってこっちは鋳鉄だが、同じように形を整えつつ、鉄を均質化かつ高品質化するように叩く。こっちも“高級モデル”なので、“一般モデル”より丁寧に作業をした。
「ああ、これはあの時見たのと同じですね」
リケに見せると、こういう感想が返ってきた。
「そうだな。品質的にはあれと同じはずだ」
「しかし、さほど手を入れているように見えませんでした」
「あぁ、斧とかナイフを見てたら分かるか。そのとおり、全力ではないよ」
俺がそう答えると、リケは俺の手をじっと見つめていた。作業場に沈黙が流れ、火床の炎のゴウゴウという音だけが響く。
「親方は一体……いえ。私の目指すところが分かりました」
リケはそう、何かを決意した顔で言うのだった。