ロングソードの方もリケに見せたが、こちらも“一般モデル”なので、
「素晴らしいですが、やはりあの時見せていただいたものとは違いますね」
という感想だった。こっちも明日見せることにして、今日はそのための型だけ作っておくことにする。
型を乾かして、鍛冶場の火を落とした頃、サーミャが戻ってきた。
「ただいま」
「おう、おかえり。どうだった?」
俺が聞くと、サーミャはニンマリと笑って、
「任せろ、大物の樹鹿を仕留めたぜ」
と誇らしそうに言う。
「おお、やったじゃないか。今日も湖に沈めてあるのか?」
「ああ。血を抜いて冷やさないと、
住人が一人増えたこともあるし、これから食料は少し多めに確保していっても、問題はなさそうだ。
「それじゃ飯の支度をするから、二人とも体拭いてこい」
「おう」
「わかりました」
そして夕食。根菜がなくなりつつあるので、麦と肉と豆のスープのような粥のようなものを作る。タンパク質が多めだが、俺もリケもサーミャも体を動かす仕事だからいいだろう。
「明日はリケも一緒に鹿を運びに行くか」
「いいんですか?」
「人手は多いほうが良いからな」
「それじゃあ、ご一緒します」
「うん、頼むな」
この辺りはどこかの段階で、二人だけにやってもらうことになるかも知れないし、今のうちに作業に慣れておいてもらうのは、悪いことではない……はずだ。
「そういえば親方」
「ん? なんだ?」
「そろそろ、鉄石や炭の備蓄が
「そうなんだよなぁ……」
そう、流石に今日明日無くなるというものでもないが、そろそろ鉄石(鉄鉱石)や木炭の量を気にする必要が出てきた。今までは貰った資材で回していたから、売上はまるまる儲けになっていたが、ここからは原価がかかってくることになる。なので同じ原価で利率の良い“高級モデル”も売っていく必要が出てくるだろう。
しかし、一にも二にも原料がないとどうしようもない。
「作業始めたのは最近だから、仕入先とかがないんだよな。だましだましなら、1ヶ月ぐらいはもちそうなんだがな……」
「その間に買える先を見つけないと、ということですね」
「うん。今度街に行った時に、マリウスさんか行商人にでも聞いてみるか……」
「私も
「頼むな」
とりあえず出たとこ勝負しかない。ああ、そうだ。
「サーミャ」
「ん?」
「矢じりの調子はどうだ?」
「絶好調だぜ。樹鹿は大物になると背中あたりの皮が硬くて、
「そうか。あ、そういえば、心臓は狼にやらないって言ってたよな? どうするんだ?」
「森の土に埋める」
「埋める?」
「うん。そうやって森に魂を帰すんだ。そうしたら、森が新しい命にしてくれる」
「なるほどなぁ」
原始的な信仰のようなものか。リケも「ほー」っと感心しているので、獣人か、この森の中だけの風習のようだ。
「サーミャは明日は鹿を捌いたら休みだろ? また手伝うか?」
「おっ、いいのか?」
「別にかまわんよ」
そうやってリケの仕事をサーミャが、サーミャの仕事をリケが手伝ってくれるようになると良いなぁ、と思っているのだが、はてさてそうなるだろうか。
翌日、3人で湖まで向かう。俺は水がめと斧を持参だ。まずは丸太の運搬台を作るが、斧で木を伐る時に、
「お、お、親方! これは!?」
「ん? ああ、この斧か」
「これは本当に素晴らしいですね!!」
とリケが大興奮してしまった。昨日のうちに見せとけばよかったか……。
「使ってみるか?」
「いいんですか!?」
「ああ。めちゃくちゃ切れるから気をつけてな」
「はい!」
俺が渡した斧をリケが構える。なんか、これはこれでドワーフ感すごいな。
「いきますね!」
リケは斧を木に向かって打ち付ける。コーン!と気持ちのいい音が響いた。だが、見た目は何も起こってないように見える。
「?」
リケが不思議そうにしているので、俺は声を掛ける。
「危ないから下がれなー」
「え? は、はい!」
リケは俺に言われたとおり下がりながら、俺に訴える。
「音はしたんですけど、手応えが全く無くて……」
だよな。
「まぁまぁ。もうそろだから」
「?」
そうしてリケを振り返らせると、ちょうどその時、リケが斧を叩きつけたのと逆の側に、木がズルッと倒れていく。
「ええーーーーっ!?」
大声で驚くリケ。サーミャが
「ビビるよな、あれ。アタシも最初見た時、ちょっと気持ち悪かったもん。それなのにエイゾウは平気な顔してるし」
と同情している。そうか、前の時、そんなことを考えていたのか……。
「とにかく、こういうふうに切れるので、十分に注意して扱うように」
「わ、わかりました」
おそるおそるという感じのリケだが、さっきのでコツは掴んでいたらしく、4本ほどの木を伐り倒して丸太に加工する。
「なかなか手際がいいな」
「似たようなことはやってましたからね」
増築とかするならそりゃそうか。俺たちは丸太同士を縄でくくってまとめる。
「よーし、それじゃあ引き上げと行くか」
俺が声を掛けると、サーミャが沈めたところに向かってザブザブと湖に入っていく。結構深そうだな。俺とサーミャの身長なら余裕があるが、リケはギリギリかも知れない。
「リケはちょっとこのへんで待っててくれ」
「はい」
そうしてサーミャがいる辺りに向かうと、かなりの大きさの鹿が沈んでいた。体長が2メートル超えてるかも知れない。
「おお、デカいな」
「だろ。一回手負いにしたけど、それでも逃げるもんで、仕留めるまでに時間かかっちまった」
「そうだろうなぁ」
この大きさだと、ここに沈めるのも一苦労したはずだ。
「これは大変だっただろう。えらいぞ」
「へへっ」
俺の褒め言葉をサーミャは素直に喜ぶ。
まずはリケのいるところまで、俺とサーミャで鹿を引っ張る。そこからはリケも一緒に引っ張ったので、割とすぐに岸まで引っ張り上げることができた。
その後は前と同じく、丸太の運搬台に鹿を引きずりあげて固定したら、水がめに水を汲んでそっちも固定する。これで移動準備が完了したので3人で運搬台を引きずる。
たっぷり30分ほどかけて、我が家に戻ってくることができた。
さて、ここから解体だ。デカブツだけあって、前回よりも持ち上げるのに苦労した。皮を剥いでしまう作業自体は前とそんなには変わらなかったが、“本気モデル”のナイフの切れ味に、リケがまた驚いていたくらいだ。
俺とサーミャは日常的に使ってるから、余計なところを切ったりとかしないが、慣れてないと皮を切ってしまったり、内臓を取り出す時なんかにも、傷つけてはいけない臓器(膀胱や胆嚢、大腸なんかがそうだ)を傷つけてしまいそうだな。
今日はリケに“高級モデル”を見せる約束をしているが、ナイフはリケ用に“本気モデル”でもいいかも知れない。
鹿は大柄だったにもかかわらず、速やかに食肉へ姿を変えていた。肉の量は体格相応に多い。
「これだけあれば、3人とも大食らいでも2週間は余裕で持つな。助かるよ、サーミャ」
俺がそう言うと、サーミャは
「そ、そうか? じゃあまた獲ってきてやるよ!」
と嬉しそうに言うのだった。