樹鹿を家の近くまで運んできたので、手近の木に逆さ吊りにして、皮を剥いでいく。ナイフの切れ味がとんでもなく良いのもあるのか、あっという間に皮を剥ぎ終わる。
頭を落とす前に、サーミャが角の部分を指して言った。
「ほらここ、折れた痕があるだろ」
「お、ホントだ」
言われて見てみると、枝が折れたかのような痕があちこちに残っていた。
「この大きさだからな。森狼とかから慌てて逃げる時に、どうしても角がぶつかるんだよ」
「へえぇ、こうやって見るとよく分かるな」
「だろ?」
サーミャが得意げに言う。こういう知識があるのは純粋にすごいと思う。
「内臓は抜いてあったが、どうしたんだ?」
「そのへんに置いときゃ、狼どもが食いに来るよ。そうじゃなくても森に還るし」
「なるほどなぁ」
自然に任せる、ということか。前の世界でこういうことをするといろいろ問題があるんだろうが、ここでは問題にされない。
肉を切り分けると、前の世界でも見たことあるような感じの肉が並ぶ。
「残った骨は?」
「ここからちょっと離れたところに行って捨てる。これも狼が食ったりするからな」
「なんかしょっちゅうやってると、そのうちついてきそうだな」
「たまにいるらしいけどな」
「やっぱいるのか」
「ああ。ついてこなくても、獣人とか人の匂いがするやつは襲われにくい。自分たちで狩りをしなくても、それなりの獲物貰えるのがわかってるからな」
「賢いんだな」
「ああ。でなきゃ、この森じゃ生き残れないからな」
「そりゃそうか」
うかつに狩人に手を出しまくっていたら、今度は自分が狩られる側だ。
その日の昼食と夕食は、樹鹿の肉を焼いて食うことにした。残りは干し肉にするために作業場に吊るしておく。あっちはほぼ毎日火を使って仕事してることもあって、温度も高いし、湿度も基本的には低いからな。でもそのうち、燻製小屋とか、倉庫とか欲しくなるんだろうな。
それもあって、肉を吊るす作業が終わったら、木をまた伐って木材にする準備をして、その日の作業を終えた。
翌日はサーミャの狩りはお休みだ。そういう風習があるのだとか。まぁ、そんなに肉を獲ってきても消費しきれないし、獲りすぎて数を減らさないため、とかそういうことで決まった風習なんだろうな。
なので、今日はちょっと作業を手伝ってもらうことにした。
今日作るのはロングソードなので、まず木型に粘土を塗るところを手伝ってもらう。
「なんか面白いなこれ」
「だろ?」
若干、粘土遊びに近いからな。割って砂に埋めるところは俺がやる。割った時に綺麗に型が取れているのを見て、また喜んでいた。
次はやってもらうのは、バリ取りだ。型からはみ出て固まっているところをハンマーで叩いて落とす。一本手本を見せて、残りをやってもらう。
「おー、これも面白いな!」
「そうか、じゃあ残りもよろしくな」
「おう!」
俺はその間に刀身の仕上げをする。この日は2本仕上げることができた。
2日ほどこんな感じでサーミャに手伝ってもらいつつ、減ったロングソードの在庫の4本を完成させた。
「じゃ、今日は狩りに出てくる」
「おう、行ってらっしゃい。明日はまた街に出るから、あんまり無理しないようにな」
「わかった。行ってきます」
手を振ってサーミャを見送る。彼女はひょいひょいと下生えを乗り越えながら森の奥へ消えていった。
さて、俺は次の製作物にかかるとするか。
作れるもののバリエーションは、多いに越したことはない。ナイフ、長剣ときたので、次は槍を作るとしよう。
材木を作る時に払ってとっておいた、木の枝の中から140cm位あるものを選んで、棒状に削っていく。長い棒が出来たら、次は穂と石突の作成だ。
穂の部分は板材を叩いて四角柱にし、根元にする部分を円柱にして伸ばし、棹が入るようにしておく。穂先の部分は叩いて鋭くしていき、四角錐と円柱の組み合わせのような形にしたら完成にする。もう少し刃などをつけるものもあるが、初めてなので今回は刺突専用にしてある。
石突きは穂の部分と同じ重さの鉄を円柱状にし、やはり棹が入る部分を筒状に加工したら、反対側を少しだけ尖ったような形状にして完成。
穂先の焼入れが完了したら、石突きと共に棹にはめ込んで、短槍が出来上がった。
今回は初めての製作なので“最高級モデル”にした。だから売り物にはできない。もしサーミャの他に護衛が増えるようなことがあれば、その人に持たせるのはありかも知れないが……。
この日は短槍1本仕上げて終わった。これも魔法併用の道具や、俺のチートがあるおかげで、多分本当はもっと時間かかるんだろうな。そんなことを考えながら、仕事場の火を落とし、肉の乾き具合を確かめて、今日の仕事を終えた。
そろそろ夕食の準備でも始めるか、と思ったところに、サーミャが帰ってきた。
「おかえり」
「た、ただいま」
照れるサーミャ。こっちも照れるから早く慣れてほしい。
「今日は何を獲ってきたんだ?」
「今日は木葉鳥だよ」
2羽ほどの鳥を掲げるサーミャ。大きさは前の世界でのカラスくらいで、見ると翼がこのあたりの木の葉に似ている。この森では鳥も擬態しているのか。これは見つけるのも射落とすのも苦労しただろう。サーミャは多分腕前が良いほうなのだろうと思うが、それでも2羽だけしか獲れなかったのが、その証拠でもある。
「じゃあ、今日はそいつを使うか」
「おう、楽しみだ」
まずは羽を毟る。風切羽は綺麗な翡翠色をしていたのでとっておいて、使えるようなタイミングがあれば装飾に使うことにした。あとはひたすら毟る。体の方の羽毛もとっておけば布団や枕に出来るのだろうが、サーミャに聞いたところ、「木葉鳥でそれするやつは、あんまりいない」とのことだったので諦める。量もそんなにとれないみたいだしな。そう言うのに適した鳥の羽毛は、毟ると体が小さくてもすごい量になると、前の世界で聞いたことがあるから、多分向いてないんだろう。
羽を毟って、産毛を魔法のコンロで炙って焼いたら、腹を開いて内臓を取り出す。多分、砂肝やらレバーやら食えるんだろうが、今回は捨てることにした。サーミャも「あんまり食わない」と言ってたしな。
胸肉を切り離して、手羽とモモを関節のところで切り分けたら、肉としての準備は完了だ。塩だけで焼いて食うことにする。
今日は樹鹿のスープと焼木葉鳥、無発酵パンで少し豪勢な夜を過ごした。
「明日また街に行くけど、これなら塩漬け肉は買わなくても良いかもなあ」
「おう、またアタシが獲ってくるよ」
「頼んだぞ」
俺はそう、笑って言うのだった。