「サーミャさんや」
「なんだよ気持ち悪いな」
「ひどいわぁ。まぁ、それはともかく、ナイフと新商品のロングソードが出来たんで、また街に行って売ろうと思うんだが。前に行ってから1週間ほど経つだろ?せっかく覚えてくれそうな人もいるのに、長いこと行かないで忘れられても、もったいないし」
「それもそうだなぁ……よし、付き合ってやるよ」
「狩りの再開もあるのに悪いな」
「いいよ、別に。そっちは急がないし」
そうして俺とサーミャは、街行きの用意をして出ることにする。
サーミャは弓とナイフを持つ。いざという時でも遠距離から攻撃できる手段はあったほうが良い。それに弓から放たれる矢の矢じりは俺の
俺の方は売り物のナイフをまとめてザックに収め、道中の簡易食は別のポーチに入れて、腰にさげる。ロングソードはどうしようか迷ったが、ザックの上に固めて縛り付けておいた。一本だけは左腰に下げておく。護身用ナイフは懐だ。
そして、(この格好、前の世界のイラストで見たやつだ!)と内心大喜びしていたら、しっかりサーミャに気づかれた。
「何喜んでるんだ?」
「いや、ロングソード売れたらいいなぁって」
「ふーん……」
かなり怪しんでいるが、サーミャがそれ以上追及してくることはなかった。時々変なところで喜ぶのにも慣れてきたのか、それとも職人は変人揃いだと思っているのか。
森の中を行く。ロングソードの分、いつもよりはかなり重いが、筋力が強化されているので、特に歩みが遅くなるようなことはない。これでしょっちゅう休んだりしないといけないようなら、荷車の導入を考えるが、今のところはそれが必要な感じではない。
ただ、例えば短槍とロングソードを20本ずつ、とかになってくると、そもそも物理的に持ち運びが困難ではあるので、いずれ導入が必要になる時は来てしまいそうだ。……それに合わせて、今のうちから木を伐っておいたほうが良いかも知れないな。
間に小休止を挟み、もうあと30分もすれば街道に出る、と言うところで、サーミャが立ち止まった。何かがいるのだ。
「何がいる?」
「血の臭いがキツくて分かりにくいな。肉を食うやつがいる。こりゃ森狼か……。こっちにはおそらく気づいてるぞ」
「どうする?」
「ちょっと様子を見よう。血の臭いがするってことは、多分なんか獲物を捕まえて、食ってるってことだから、それで満足したらこっちには向かってこない」
「なるほど」
「向かってきたら……」
「向かってきたら?」
「その時はエイゾウの腰に下げてるそれを、役に立てるときだな」
ここは森の住民としては先輩の、サーミャの意見を聞くほうが賢そうだ。
ややあって、サーミャが静かな声で言った。
「やっぱり向こうから離れてった」
「そうか」
俺はほっと胸をなでおろした。腰の得物もいざとなったら役には立つが、そうは言っても売り物なので、なるべくなら売れなくなってしまうようなことは避けたい。そうしなくて済んだのは僥倖だ。
再び街道に向かって歩きながら、俺はサーミャに聞いた。
「森狼って何を捕まえてるんだ?」
「何って色々だよ。大概は樹鹿だな。後は草兎とか土鼠とか。樹鹿はアタシたちも狩るけど、アタシたちは心臓以外の内臓を食わないの知ってるから、おこぼれにあずかろうって来る奴らもいる」
"草兎"と"土鼠"について聞いてみると、"草兎"は耳が細く緑色になっていて、草のように見えるから。"土鼠"は土色をしていて、土に穴をほって生活しているから、だそうだ。
基本的にこの森の生物は擬態・擬装をして、敵の目を欺くことで生き延びてきたらしい。つまり、上空とかから見えにくい森に住みつつ、分かりにくいようにする必要があった、とすると、食物連鎖のピラミッドの上位に、目のいい生き物がいるんだろうな。例えば竜とか……。
「なぁ、竜っているのか?」
「竜? アタシは見たことないけど、いるって聞いたことはある」
いるのか。見てみたい気はする。でも、見て生き残れる自信はないなぁ。この2回目の人生の、最後の楽しみくらいにとっておこう。
街道では特に何事もなく、街にたどり着くことができた。入り口で番をしていたのはマリウス氏である。
「ああ、どうも」
俺の方から声をかける。
「おお、アンタたちか。姿を見せないから、心配していたぞ」
「いやぁ、在庫がなくなってしまったもので、作ってました。マリウスさんのおかげですよ」
「あれか。あれは俺もちょっとビックリしててな。問題になってたらすまん」
「いやいや、問題なんて滅相もない」
「それなら良いんだが……。今日の売り物はそれかい?」
「ええ、いつものナイフと、今回からロングソードも売ります」
「そうか。またあとで見に行くかも知れないから、よろしくな」
「はい、お待ちしております」
マリウス氏と挨拶を交わしたら、自由市へ向かう。前と同じように金を払って、販売台を設置し、そこにナイフを数本と、ロングソード1本を並べた。ほど近い場所に前回隣だった織物商がいたので、片手を上げて挨拶する。さぁ、今日の営業開始だ。
どうせしばらくは暇なので、その間にサーミャにお使いを頼む。1週間ほどで食糧もそこそこ目減りしたから、その補充だ。代金は前回の売上分で余裕で賄える。
今回はサーミャがお使いに出て戻ってくるまでに、4本も売れた。どうやら衛兵隊が愛用してくれていて、目にする機会がそこそこあるようだ。
ナイフの他に、ロングソードも2本売れている。2本とも買ったのは同じ人物だ。遠くまで行き来する行商人で、自分で使うためと、1本は遠くで転売するらしい。もし売れなかったとしても、持ってて困るものではないからと笑っていた。少しでも多く確実に売れる品を運びたいだろう行商人なので、恐らくは売れるあてがあるんだろうなとは思う。
しかし旅かぁ、旅もちょっと憧れるな。もしめちゃくちゃ余裕ができたらサーミャを連れて社員旅行でも決め込むか。いつになるかわからんけど。
そして帰り際に、マリウス氏がおそらく同僚氏1名を引き連れてやってきてくれたおかげで、ロングソードがもう2本売れることとなった。
「良いんですか? 売れるのはありがたいですが、武具のたぐいは、領主様から貸与されているのでは?」
「そりゃ衛兵としての職務で使う分はそうだが、
そう言ってウィンクするマリウス氏は、いつもの何割増しか、優男に見えるのだった。